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「沼沢のデータ捏造疑惑の調査委員会メンバーが嫌がらせを受けている」。正確にはそうした話だったが、確かに國彦が慶吾に語ったことである。たまおはそれを聞いていたらしい。
「それで……おれたちに言えなかったのか」
國彦の言葉は力なく虚空に消えた。
「ポチはやくそくまもれなかった」 「それは違う」
自らを断罪する呟きに応えたのは、それまでじっと黙っていた都築だった。
「沼沢さんは脅えて誰も信じられなくなっていたが、それでも最期まで正しくあろうとした。それできみに手紙を託した。その思いは今、ちゃんと果たされるんだから……」
たまおは――「ポチ」は都築を睨み付けた。
「つづきにわたさない。やくそくした」
正しいことも正しくないことも、ポチには関係ない。主人との約束を果たすことだけが全てだった。
「たまお、なぁ、都築さんの言ってるのは本当のことだよ。誰より沼沢さんを尊敬してたんだ」 「やだ」
説得しようとする國彦に、たまおは頑なに首を横に振る。
「たまお……」 「……もう、いいんです」
ふっと、溜め息のように都築が言った。
「え?」 「それは大槻先生の方から然るべきところに提出してください。調査委なり警察なり……」 「しかし」 「初めからそう言えばよかった。彼の最期の言葉をこの目で確かめたかったが、その権利は私にはないようですから」 「それは……いや、……分かりました」
「待て!」
國彦が頷いたところで、突然見たことのない若い男が飛び込んできた。
「それは……親父の遺書か」 「誠一君」
2人の言葉から、彼が沼沢の息子であることが知れた。アメフト部のOBだと聞いていたが、そのイメージに似つかわしくない、痩せて神経質そうな青年である。
「遺書といえば遺書です。ただし、あなたに渡さないようにとの遺言つきだ」
國彦が淡々と告げた。何者かと訝しむように國彦たちを睨めつけていた誠一が、たまおを見て瞠目した。
「なんだ……おまえ」
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*それが普通の反応です。 明日も更新!
(2010/07/18)
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