-56-
「人がたくさん……てがみだれに、……わからなくて」
俯いたまま話すたまおの耳はぺたりと倒れてしまっていた。
「『信用の置ける人に』なんて漠然とし過ぎてるよなぁ」
慶吾が非難がましく呟く。たまおにそんなものを背負わせるなんて酷だ、と。
「それでおれと藤倉さんに会ったのかな」 「くにひこ寝てた」 「うん、ベンチで居眠りしていたんだったっけ」
その後たまおは國彦の財布を持って逃走、國彦とあかねによって「捕獲」され、研究室まで連行されている。
「でもIDカードはちゃっかり隠してたんだよな。身元確認のため?」
穏やかに問うた國彦にたまおは僅かに顔を上げ、申し訳なさそうに再び俯いた。
「あれあると、だいがくはいれる。だいじなの」
沼沢からそのように教わったことがあったのかも知れない。
連れられるまま國彦の自宅までやって来たのは國彦が「信用の置ける人」かどうか確かめるためだ、というのは穿ち過ぎであろう。心身ともに疲れ果て、抵抗する気力もなかったのに違いない。國彦もまた、沼沢を責めたいような気持ちになった。
「くにひこやさしかった。ごはんくれた。なまえくれた」 「……IDカード返してくれたとき、本当は手紙のこと言おうとしてたんじゃないか?」
あの時たまおが言いかけて、結局言わなかったこと。そう考えれば辻褄が合う。
「てがみ……わたしたら、帰らなきゃいけない」
使いを果たしたら戻るつもりで、主人を家に残してきた。しかし、本当はもうそこに沼沢はいないのだということを、たまおはどこかで分かっていたのだろう。
「慶吾のマンションに唐揚げ持って会いに行ったこと、あったろう? あの時、後で見せるって言ってくれたのは手紙のこと?」 「ん。くにひことけーごに、さいち助けてもらう……ポチ、おそくなったけど、やくそくまもりたかった」
その頃には、それだけ國彦と慶吾を信頼するようになっていたのかも知れない。
「なら言ってくれればよかったじゃん」
慶吾が思わず口を挟んだ。つい強い調子になってしまったその声にたまおはちらりと慶吾を見たが、また床に目を落としてしまう。左手がそっと、側に落ちていた無残な姿のこぐまさんを引き寄せた。
慶吾の部屋から戻るその途中にふたりは都築に遭遇し、その晩には沼沢の遺体発見のニュースが流れた。そして――
「けが、するって」 「え?」 「さいちのせいでけがするって、くにひこ言った」 「そんなこと……」
言ってない。否定しかけた國彦は、虚を衝かれたように「あ」と呟いた。
-------------- *またもや数日の空白が……何たる有言不実行ぶり。 とりあえず明日も更新予定です。
(2010/07/17)
新 | 古
|