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「やくそく……」
「約束? ……沼沢さんと?」
「さいちと」

* * *

「ポチ……」

 掛け布団から充血した目を覗かせ、沼沢佐一は呼んだ。
 主人のベッドに顎を乗せてうとうとしていた「ポチ」の耳がぴくりと動く。すぐに本体も跳ね起きた。

「みてくる」

 何か言われる前にポチは立ち上がり、暗い廊下を裸足のまま、ぺたぺたと玄関へ向かう。扉の鍵と頑丈な2つの閂がしっかりと掛かっていることを確認し、同じように裏口や家中の窓も見て回った。それから主人の傍らへ戻り、「だいじょうぶ」と報告する。

「ありがとう」

 伸びてきた沼沢の手に優しく髪を撫でられ、ポチは目を細めて尻尾を振った。

 しかし数分もすると、再び「ポチ……」と不安そうな声が呼ぶ。ポチはまた立ち上がり、同じように家中の施錠を確認して回った。ベッドへ戻ってきて囁く。

「だいじょうぶ。ポチずっとおきて、みてる」

 寝不足で腫れた主人の瞼に手を沿え、眠りを促した。それでやっと、沼沢は短い眠りに就く。
 ポチは言葉通り一睡もせずに寄り添い、絶えず襲う眠気には首を振ったり、自らの腕に爪や歯を立てたりして耐えた。時折そっと立ち上がり「見回り」を行う。昼間に主人の膝でいっとき休むことはあるものの、ここ数日、ポチはまともな睡眠を取っていなかった。自分を狙う何者かの気配に昼夜怯える沼沢がそれを許さないのだ。

 データ捏造の告発があった後すぐ、自宅に何者かが侵入した。まだことが公になる前、沼沢が普段通り大学へ出勤していた間のことだった。
 侵入者は堂々と玄関の鍵を開けて家に入り、真っ直ぐに書斎へと向かった。そして、沼沢がもう帰宅したのかと喜び勇んで駆けてきたポチと鉢合わせになり、驚いて逃げ出したのである。
 ポチが見た男の特徴は、沼沢の息子・誠一のそれと合致した。沼沢の家の合鍵を持っていたのは別居中の妻と都築だけだったが、誠一ならば実家に保管してある鍵を持ち出すくらい造作ないだろう。

 わざわざ父親の居ない隙を狙っての侵入には、何かしら不穏なものがあった。
 沼沢が部屋を改めると、机の上の小物入れにクリップの類と共に無造作に置かれていた大学の研究室の合鍵が消えていた。

(2010/06/23)


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