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「遺体の第一発見者は、本当は私なんです」

 都築の運転する紺色のゴルフ。國彦と慶吾はその後部座席に並んで座っていた。

「ニュースでは奥様が発見したと言っていましたが」
「その1週間ほど前、あの家で沼沢さんが亡くなっているのを既に知っていたんです」

 淡々とした告白だった。車は寂しい山道へ差し掛かっている。

「海外へ行っていると聞いていたが、全く連絡が取れなかった。そもそもおかしかったんです……普段、彼は出張の時には必ず私に知らせてきました。留守の間、時々ポチの様子を見に行くように頼まれていたから……」

 慶吾の手が躊躇いがちに國彦のそれに重なる。

「嫌な予感がして自宅を訪ねました。合鍵を持っていたのでそれで玄関を開けようとしたら、鍵が掛かっていなかった」

 沈黙。緩やかなカーヴが続く。ライトに照らされた前方の路面を睨み付けるようにして、都築は車を走らせている。

「……居間のドアノブで首を吊ったようでした」

 乾燥した冬の山の空気の中、遺体の状態は悪くなかった。
 
 ただ、首を吊ったロープは刃物らしきもので切られ、遺体は床に下ろされていた。

「縊死した人間が、それに使ったロープを切って自分の遺体を下ろせた筈がない。……遺体の傍には、萎れた野の花と青い首輪がありました。ポチの、したことだろうと」

 都築はひとり、語り続ける。
 家の中を探したが誰もいない。書斎で、沼沢が一次調査の資料をまとめて収納していた棚の中身の、1部分がすっぽりと抜けていることに気が付いた。それが何を示しているのか都築にはすぐに分かったという。

「あの論文の資料がない。一瞬……本当に一瞬、沼沢さんを疑いました。今更隠蔽などできるはずもない、愚かなことをと、やりきれない気持ちにさえなった」

 都築にもう1度先輩を信じさせたのは、無数の釘で釘付けにされた、書斎の窓の木枠だった。

「書斎だけではない、家中の窓という窓が、これでもかというほど堅固に鎖されていました。入るときには気付かなかったが、玄関のドアにも頑丈な閂が何重にも取り付けられていた」
「どうして……」

 思わず呟いた慶吾に、都築は迷いのない声で答えた。

「守ろうとしたのです。彼は何処へも逃げてなどいなかった。最期までここに踏みとどまって、何かを守ろうとしていたのだと、そう感じました」
「……手紙には、息子さんとあなたが資料と自分の命を狙っていると書かれていましたよ」

 残酷な事実を、國彦は敢えて淡々と告げた。都築の声は衰えない。

「問題が表沙汰になった頃から息子さんが……誠一くんが妙な動きをしているのには気付いていました。心配で、沼沢さんに何度も連絡を取ろうとしたが拒まれた。……私のことも信じられなくなっていたのか……」

 車は幅の狭い橋へ差し掛かる。橋の下は深い渓谷になっていた。冬の日暮れは早く、谷底に水が流れているのかどうかは暗くて確認できない。慶吾は恋人と絡ませた指に力を込めた。


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*また間が空いてしまってごめんなさい…杜撰すぎるプロットに泣きそう。でもくじけずがんばります。

50話です。最新の話が上にくるので、いつも見てくださってる方は大丈夫ですが1話から読みたい初めての方には大変優しくない仕様となっております。申し訳ない。
完結したら読みやすい形にまとめますので!

(2010/06/16)


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