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世良はすぐにやって来た。入ってくるなり「人口密度高っ!」とのけぞっている。緊迫した空気が一気に解れた。
「わざわざ呼び出して悪かった」 「いいや。って都築先生じゃないですか。こりゃどうも」
世良はへらりと笑って頭を下げた。どうにもシリアスな空気の似合わない男である。
「顔見知りか」 「例の調査委の関係でお話を伺ったことがあって……そちらは?」
慶吾に目を遣った世良に、國彦は「カレシ」と短く答えた。
「は? 誰の?」 「國彦さんがお世話になってます」
行儀の良い妻のように頭を下げた慶吾に、世良は面喰らう。
「まじかよ……あ、どうも、文学部の世良です。こちらこそ大槻には世話になって……」 「沼沢氏の論文データ捏造の、調査委員会メンバーだ。世良」
慶吾の悪ふざけに律儀に答える世良を、國彦が容赦なく遮る。
「なんだ」 「都築さんは捏造を隠蔽しようとしてるか?」 「まさか。捏造の事実を認めているし、調査にも協力して下さってる。ね、都築先生」
都築は黙ったまま首肯した。
「そうか。……世良」 「なんだ」 「ありがとう。帰っていいぞ」
用事は済んだ。あっさりと言い放った國彦に、「何だそりゃ」と世良は不満そうな顔をした。
間違っていたのは手紙の内容の方だった。父親を崇拝していたという息子に関してはわからないが、少なくとも都築は、隠蔽を狙ってはいないと見ていいだろう。
「あ、やっぱり待ってくれ。手紙を……」 「手紙?」 「ここに沼沢氏の書いた手紙がある。捏造を認めるということと、その裏付けになる資料の在処が書いてある」 「なんでお前がそんなもの」
「やっぱり」
世良と國彦とのやり取りを、都築の震える声が遮った。
「沼沢さんは、そのことをしっかりと書き残していたんですね……」
肩の荷が降りた。そんな様子だった。
「話が読めないぞ」
「そういう手紙がある。世良、万一都築さんが隠蔽を図ったときのために証人になってくれ」
保険だ。わからないなりに、世良は頷いた。
「さて、しかし、この場でこれをお渡しするわけにはいきません」
國彦は都築に向き直って言った。
「わかっています。ポチを……」 「ポチ? 犬か?」
世良が割り込む。それに答えたのは慶吾だった。
「人質取られてるんだ」 「……犬質?」 「かわいいわんちゃんがピンチなんですよぅ」 「そりゃまずいな」
世良と慶吾とあかねの妙なやり取りを無視して、國彦は都築に尋ねた。
「たまおはどこに?」 「沼沢さんの自宅にいます」 「……案内してください」
沼沢の自宅といえば、死体発見現場だ。そんなところにたまおがいるというのか。慶吾が直ぐ様反応した。
「おれも行く」 「ああ。藤倉さん、悪いけど5コマ目、臨時休講の連絡をお願いします」 「わかりましたぁ……あたしも行きたいけど」 「無事を確認したら連絡するよ」 「はぁい」
あかねを残し、國彦たちは世良の車がある駐車場へ向かった。同じく5限があるという世良は、「わんこによろしく」と言って文学部棟へ帰っていった。
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*休講!学生は大喜びです。
(2010/06/11)
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