-49-

 世良はすぐにやって来た。入ってくるなり「人口密度高っ!」とのけぞっている。緊迫した空気が一気に解れた。

「わざわざ呼び出して悪かった」
「いいや。って都築先生じゃないですか。こりゃどうも」

 世良はへらりと笑って頭を下げた。どうにもシリアスな空気の似合わない男である。

「顔見知りか」
「例の調査委の関係でお話を伺ったことがあって……そちらは?」

 慶吾に目を遣った世良に、國彦は「カレシ」と短く答えた。

「は? 誰の?」
「國彦さんがお世話になってます」

 行儀の良い妻のように頭を下げた慶吾に、世良は面喰らう。

「まじかよ……あ、どうも、文学部の世良です。こちらこそ大槻には世話になって……」
「沼沢氏の論文データ捏造の、調査委員会メンバーだ。世良」

 慶吾の悪ふざけに律儀に答える世良を、國彦が容赦なく遮る。

「なんだ」
「都築さんは捏造を隠蔽しようとしてるか?」
「まさか。捏造の事実を認めているし、調査にも協力して下さってる。ね、都築先生」

 都築は黙ったまま首肯した。

「そうか。……世良」
「なんだ」
「ありがとう。帰っていいぞ」

 用事は済んだ。あっさりと言い放った國彦に、「何だそりゃ」と世良は不満そうな顔をした。

 間違っていたのは手紙の内容の方だった。父親を崇拝していたという息子に関してはわからないが、少なくとも都築は、隠蔽を狙ってはいないと見ていいだろう。

「あ、やっぱり待ってくれ。手紙を……」
「手紙?」
「ここに沼沢氏の書いた手紙がある。捏造を認めるということと、その裏付けになる資料の在処が書いてある」
「なんでお前がそんなもの」

「やっぱり」

 世良と國彦とのやり取りを、都築の震える声が遮った。

「沼沢さんは、そのことをしっかりと書き残していたんですね……」

 肩の荷が降りた。そんな様子だった。

「話が読めないぞ」

「そういう手紙がある。世良、万一都築さんが隠蔽を図ったときのために証人になってくれ」

 保険だ。わからないなりに、世良は頷いた。

「さて、しかし、この場でこれをお渡しするわけにはいきません」

 國彦は都築に向き直って言った。

「わかっています。ポチを……」
「ポチ? 犬か?」

 世良が割り込む。それに答えたのは慶吾だった。

「人質取られてるんだ」
「……犬質?」
「かわいいわんちゃんがピンチなんですよぅ」
「そりゃまずいな」

 世良と慶吾とあかねの妙なやり取りを無視して、國彦は都築に尋ねた。

「たまおはどこに?」
「沼沢さんの自宅にいます」
「……案内してください」

 沼沢の自宅といえば、死体発見現場だ。そんなところにたまおがいるというのか。慶吾が直ぐ様反応した。

「おれも行く」
「ああ。藤倉さん、悪いけど5コマ目、臨時休講の連絡をお願いします」
「わかりましたぁ……あたしも行きたいけど」
「無事を確認したら連絡するよ」
「はぁい」

 あかねを残し、國彦たちは世良の車がある駐車場へ向かった。同じく5限があるという世良は、「わんこによろしく」と言って文学部棟へ帰っていった。


--------------

*休講!学生は大喜びです。

(2010/06/11)


|


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -