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都築は真っ直ぐに慶吾を見据えた。
「隠蔽などさせないために、手紙が必要なんです」
どこか必死な視線に、慶吾はたじろぐ。
「問題になっている論文に使われた調査資料が失くなっています。警察は沼沢さんが処分したのだと判断するかも知れない」
おそらく貸金庫に預けたという資料のことだろう。
「不正の証拠を処分して自殺したなんて……尊敬する先輩が、亡くなってまでそんな風に言われるのは耐えられない。手紙が……遺書があるのなら、どうか……」
都築は言葉を詰まらせた。
「……どう思う、慶吾?」
國彦は沼沢に視線を向けたまま、傍らのパートナーに問うた。都築の言葉と手紙の内容とは矛盾している。
「おれ的にはね、どっちが正しいとかはどうでもいい。この人はたまおちゃんを誘拐した。手紙なら」
慶吾はあかねのバッグに手を突っ込むと、先程の封筒を取り出した。
「ここにあるけど。誘拐犯には渡せないよな」
「だそうです」
國彦はアメリカのドラマのように肩を竦めてみせた。
「それを渡して頂けるなら勿論彼はお返しします」 「いっちょ前に要求か? 誘拐犯」
慶吾は封筒をひらひらさせた。
「あなたはどう思う?」
授業中に指名するように、國彦はあかねを振り向いた。手紙の内容の方が事実だとだとすると、都築に渡してしまうことは真実が永久に闇に葬られることを意味する。
「……あたしは、都築先生の仰ることの方が本当のように思えます」 「その根拠は?」 「手紙では沼沢先生はかなり錯乱しているような印象です。それに、都築先生が隠蔽に奔走したとして、既に問題がこれだけ表に出た後じゃメリットもあまりないような……でも、何より」
そこで一旦切って、あかねは続けた。
「もともと手紙の持ち主はたまおちゃんです。だから、どうするかはたまおちゃんが決めるべきだと思います」 「その通り」
國彦が言い、慶吾も小さく頷いた。
「慶吾、きみはどうでもいいと言ったけど」 「うーん、でも、判断するためには事実がわかんないと」 「いい子だ」
素直な慶吾の頭をぽんぽんと撫で、國彦は事実を確認する手立てを考える。 そこでひとりの人物が思い浮かび、彼は備え付けの電話に手を伸ばして学内のある研究室を呼び出したのだった。
(2010/06/11)
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