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手書きの文字が綴られた数枚の便箋の隙間から、プラスチック製のカードが机の上に滑り出た。
「何だろ、キャッシュカード?」
慶吾がそれを摘み上げる。銀行の名前が入っていた。
「いや、貸金庫のカードだ」
横から覗き込み、國彦が言う。カードについてはひとまず措いて、便箋を広げた。
万年筆らしき端正な文字が便箋2枚に渡って並び、末尾には「沼沢佐一」の署名があった。
「沼沢センセ……」
あかねが呟く。
「って、自殺した教授だっけ。じゃあそれは遺書……?」
答えず國彦は、文書の始めに戻って素早く目を走らせた。
手紙は、かつての論文に関するデータの捏造を認め、不正を詫びる言葉から始まっていた。 学界を冒涜し、一般市民をも欺く許されないことをした、というようなやけに大袈裟な謝罪の後には、データの捏造について、成果を焦ったこともあるが、自らの仮説の正しさを確信していたからこその行為であったというエクスキューズも付け加えられている。整った筆跡に反してその内容は理路整然とはいかず、どうにも混乱した印象だった。
読み進むにつれ、その混乱ぶりは酷くなった。
告発をきっかけに、自分は不正を認め、調査にも積極的に協力するつもりであった。しかし、実の息子やかつての後輩の都築が、捏造を隠蔽しようと当時の研究資料の処分を目論んでいる。現に、自分の研究室や自宅に息子が侵入し、資料を荒らした。更には、彼らは口封じのために自分の命までも狙っている。
「おいおい」
偏執狂的な文章に、慶吾が呆れた顔をした。 國彦は黙って最後まで文章を追う。
――ついては、自分は件の論文に関する研究資料を貸金庫に預け、その暗証番号を記すと共にカードを同封し、これを読む人にそれを託すものである。この手紙の内容を公開するとともに、資料をしかるべき機関へ提出してほしい。決して隠蔽を企む者らに渡さないでほしい。
と、そういうことであるらしかった。
「……じゃ、沼沢センセは口封じのために殺されたってわけ?」
慶吾が半信半疑の口調で言う。
「いや、自殺するつもりでこれを書いたのかも知れない。まだ何とも……」
3人が考え込んだところへ、ノックの音が響く。あかねが手紙とカードを素早くバッグへ隠すのを確認してから、國彦は「どうぞ」と声を掛けた。
扉を開けて入ってきたのは、洒落た背広を着込んだ「ワーゲンの男」、都築であった。
(2010/06/06)
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