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沼沢は自宅で首を吊った状態で発見された。発見者は別居中だった彼の妻。死後2週間以上と見られる。 スキャンダルの渦中にいた研究者の死について、夜の地方ニュースが伝えたのはそれだけだった。
「死ぬようなことなわけ? 論文でっち上げたくらいで」
國彦の膝に向かい合わせに跨がって、慶吾が言った。國彦が帰宅してからずっとべったりなのである。
「自殺したとは限らない。『首を吊った状態で発見された』ってだけなんだから」
國彦が幾分声を潜めて言う。夕食の後、たまおはぬいぐるみを抱えて寝室へ引っ込んでしまっていた。先程國彦が覗くと、部屋の隅で毛布を被ってこれ以上ないほど丸まっていた。
「何それ。まさか殺されたとか?」 「いや……まだわからないけど」
ずり落ちてきた慶吾を、國彦は抱え直した。
「尚更信じられないよ、論文ひとつで殺人なんて」 「まぁね……文学部は大変なことになってるだろうな」 学部長は遺体で見つかるわ、教授は大怪我するわ。
國彦の言葉に、慶吾は「大ケガ?」と首を傾げ、脈絡なく國彦の首筋に頬擦りした。
「引ったくりの事件、憶えてるか?」 「うん……國彦さん大好き」 「ありがとう。被害者、うちの大学の教授だったんだ」 「そうなの?」 「彼だけでなく、データ捏造問題の調査に関わった教職員が嫌がらせを受けてる」 「でも、沼沢って人は2週間前には死んでたんでしょ?」 「あぁ。だから……」
そこで寝室からことりと音がした。
「たまおちゃん起きたのかな」
國彦の膝から下りた慶吾が寝室との間の襖をそっと開ける。
「たまおちゃん?……どうしたの、怖い夢でも見た?」
こちらの会話が聞こえていたのかも知れない。漏れ聞こえてくる慶吾の心配そうな声に、國彦は目を伏せた。
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*ちょっとややこしい展開になってきたので、更新速度がやや鈍るかも知れません。 お許しくださいませ…
(2010/05/14)
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