-40-
「とうとうだ」
世良は意外にも落ち着いていた。
昨夜、飲み会のため大学の駐車場に一晩置きっ放しになっていた世良の愛車のフロントガラスが割られた。車内に貴重品等はなく、ガラス以外に被害はなかったが、それだけでも大損害である。警察と大学の事務室とに被害を届けたその足で國彦の研究室にやって来た世良は、話し終えるとぐったりとソファの背もたれに身を預けた。
「例の……アメフト部の話は警察には?」 「話した。引ったくり事件との関係を仄めかしたら、連中結構食い付いてきたよ。捜査は難航してるらしい」 「そうか」
10日程前に引ったくりの被害に遭い、転倒して意識不明となっていた文学部の教授はその数日後に意識を取り戻していたが、事件の記憶はあやふやで、新たな情報はそれほど得られなかった。身体の一部に麻痺が残り、現在も入院中である。
「何にせよ、早く捕まるといいけどな」
國彦は無難なコメントを挟む。 ふと思い付いて聞いてみた。
「都築という名前に心当たりはあるか」 「都築……都築さんと言えば、沼沢先生の問題の論文の関係者だ。当時は調査にも協力してて共同執筆に近いような感じだったらしい。先輩を立てて……かどうかは知らないが論文は沼沢先生の名前で発表されてるけどね」
データの捏造を知ってたからリスクを避けようとしただけなのかも知れんが、と世良は付け足した。 やっぱり、と國彦は内心で呟く。
「その都築さん、今は?」 「何だよ、彼がどうかしたのか? 確か今はお隣のS学院大の教授だよ」
國彦たちの勤める大学は数年前、現在の郊外の土地に移転した。それで、もともとその辺りにあったS学院大と「お隣」になったのである。といっても敷地同士が接しているわけではなく、車で10分ほどの距離がある。
「S学院大ならうちから近いな」
都築と思われる男がたまおと慶吾に接触してきたのは、あるいは偶然だったのかも知れない。
「それにしても、沼沢教授か……」
もともと同じ大学に勤めているという以上の繋がりはなかったその名前に、最近やけによく出会う。
「しかしどこ行ってるんだろうな、彼」
沼沢のせいで余計な雑用に忙殺されている世良が憎々しげに呟いた。
沼沢佐一の遺体発見のニュースが流れたのは、その夜のことだった。
(2010/05/12)
新 | 古
|