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「たまおちゃんを派遣するなんて反則」
たまおの腕を引っ張って部屋の中へ入れてやりながら慶吾がぼやく。
たまおは手に持っていたケーキの箱のような白い紙箱を慶吾に手渡した。 慶吾が箱を開けると、食欲を刺激する匂いが微かな湯気とともに立ち上る。
「何だよもう……」
クッキングシートを敷いた箱にぎっしりと入っていたのは、誕生日の晩に慶吾が食べたいと言っていた唐揚げだった。慶吾は泣き笑いのような表情になる。
「あげたて」
自分が揚げたわけでもなかろうに、たまおは少し得意そうに言う。
「……ありがと。國彦さんに送ってもらったの?」 「そう」
たまおが箱の側面を指差す。そこには小さなメモ用紙が貼り付けてあった。國彦の端整な字で「たまおが会いたがるのでお届けします。迎えが必要なときは連絡下さい」と書かれている。 慶吾はひとり掛けのソファに座り、膝の上にたまおを抱き上げた。
「寂しかった?」
たまおは無言で慶吾に擦り寄る。その仕種が何より雄弁にたまおの心情を語っていた。
「國彦さん、どうしてる?」
慶吾の言葉にたまおは顔を上げ、じっと目の前の顔を見詰めた。
「けーごはくにひこきらいになった」 「……そんなわけない。おれ、あの人がいなきゃ生きていけないよ」 「かえってくる」 「ん……明日、一緒に國彦さんのとこ行こう。今日は泊まっていきなよ」
今日ぐらい独り占めしても罰は当たらないでしょ、と慶吾はたまおの頬にキスをした。
「冷めちゃう前に食べよう」
慶吾は箱の中身を大皿に空け、ご丁寧にカットしてラップに包んで添えてあったレモンを絞った。ビールだな、と呟いて冷蔵庫へ向かう。 機嫌よく尻尾を振りながら、たまおが後をついてきた。
「あつい」
コップ半分ほどのビールで酔ったのか、たまおがぐにゃりと慶吾に倒れかかる。
「起きてられない? ベッド行こっか」
膝の上に崩れてきたたまおを部屋の隅のベッドへ促す。ロング缶を数本空けた慶吾もかなり酔っていた。 ベッドの方へ這いながら、たまおは器用に服を脱ぎ捨てる。慶吾もそれを真似て、くすくす笑いながらベッドに縺れ込んだ。 火照った肌同士がさらさらと擦れ合い、たまおがうっとりと溜め息を漏らす。
「気持ちいいね」 「んぅ」
久々のキスは刺激的だった。アルコールの作用も相俟って、鼓動が激しくなる。尻尾の付け根の辺りを撫で回され、普段あまり変わらないたまおの表情が蕩けたようになった。
「たまおちゃん、好き……」
慶吾の囁きに、たまおは抱擁で応えた。火照った慶吾の耳に、「たまおも、けーごとくにひこがすき」と言う声が吐息とともに降ってくる。 ふたりの間の空気がふっと緩み、慶吾は微笑んだ。
「寝よっか」 「ん」
ただきつく手を繋ぎ、慶吾とたまおは遊び疲れた子どものようにすんなりと眠りに就いた。
(2010/05/05)
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