-34-
台所から流れてくる揚げ物の音と匂いにつられ、たまおが寄ってくる。そして、ガス台に向かう國彦の背中に纏わりついた。夕食の支度にしては早すぎる時刻に首を傾げている。
「危ないから離れてな」
油がたまおの方へ跳ねないようにと気を遣いながら、國彦はそっとたまおを遠ざけた。
「すぐに出掛けるから支度しておいで」
揚がったものを次々と網の上に並べつつ國彦が言うと、たまおは何も言わずに居間へ駆けて行った。
「そのリュック、大事なものが入ってるの?」
上着を着込み、すっかり痕の消えた首に慶吾のストールをぐるぐる巻きにしたたまおは、自分の小さなリュックも忘れずしっかりと持っていた。國彦の問いにこくりと頷く。
「あとでみせる」 「おれが見てもいいの?」
再び頷くたまおの表情はどこか張り詰めていた。國彦はその肩を優しく叩いて車のキーを揺らす。
「わかった、後で見せてくれ。さ、行こう」
助手席にたまおを乗せ、國彦は無言で車を走らせた。たまおはそわそわと落ち着かない。 15分も走ると街中へ入った。物珍しそうに辺りを見るたまおに、國彦は「もうすぐだよ」と声を掛ける。今はニットキャップに隠れている耳がぴんと立ったのが見えるような気がして、國彦はくすりと笑った。辺りは少しずつ闇を濃くしている。
遠慮がちに玄関のドアを叩く音に、慶吾は怠い身体を起こし、寝乱れた髪を掻き上げた。インタフォンが壊れているのかと訝る。 控え目ながらも鳴り止まずに続くノックに舌打ちをし、慶吾は裸足で玄関へ向かう。魚眼レンズを覗くと、ニットキャップの下の真ん丸の瞳と視線が合った。
「たまおちゃん!」
慌てて戸を開けると、白い紙箱を抱えたたまおが立ち尽くしていた。
(2010/05/04)
新 | 古
|