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翌日。 ドアのプレートは「不在」にしたままで、國彦は研究室のデスクに向かっていた。後ろのソファでは、こぐまさんを抱いたたまおがうとうとしている。初めてここを訪れた日と同じく、耳を隠すためのニットキャップを被っていた。
独りにしておくと食事さえ取らないたまおを置いて出るのが心配で、國彦は彼を連れ、誰にも会わないように普段より1時間早く出勤した。個室が与えられているというのは、こんな時には有難い。
「退屈だろう。ごめんな」
國彦は時折振り返ってたまおに話し掛けたが、たまおは別段不満そうな様子もなくこぐまさんを振ってみせるだけだった。
「もうすぐ藤倉さんが来るよ。おれは講義だから一緒に留守番しててくれる?」
たまおがわかったようなわからないような顔で頷いた時、控えめなノックに続いて研究室の扉が開いた。
「たまおちゃん! 久しぶり」
あかねはソファの上のたまおを見るなり嬉しそうに駆け寄った。
「あかね」 「覚えててくれたんだぁ」
いつも通り隙のないメイクをした顔に満面の笑みを浮かべ、あかねはたまおとの再会を喜んだ。
「悪いけど講義の間、見ててくれませんか」 「いいですよぉ。たまおちゃん、一緒に待ってようね」 「まってる」
たまおが頷いたのを確認し、國彦は資料の束を手に教室へ向かった。
「可愛いね、これ」
あかねはたまおの隣に座り、首に巻かれたグレーの大判のストールを指差した。
「けーごの」
たまおの首には昨夜の指の痕がうっすらと残ってしまっていた。それを見る度國彦が辛そうに顔を歪めるので、たまおは慶吾が置いていったストールを拝借して首を覆ってしまったのだった。
「けーご、さん? あ、せんせぇの恋人かな」 「けーごいなくなった」 「いなくなっちゃったの?」
たどたどしいたまおの言葉に、あかねは懸命に耳を傾けた。
「くにひことたまおはさみしい」 「そっかぁ、それで今日は一緒に来たんだね。喧嘩でもしたのかな」 「しらない」
そう言ったきりたまおは口を噤み、こぐまさんの両手をつまんでぱたぱたと動かした。
「たまおちゃーん」
あかねはこぐまさんをそっと取り上げると、それを器用に操ってコミカルな動きでたまおの肩によじ登らせた。ひとりでに動き出したぬいぐるみに、たまおは目を輝かせる。國彦はその類いの遊び方をしてやったことがなかった。
『元気出せ、たまおちゃん!』
あかねの当てるこれまたコミカルな声とともに、こぐまさんが短い腕でばしばしとたまおの頬を叩く。たまおは動物よろしくこぐまさんに飛び付いた。
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*昨日は更新さぼっちゃってごめんなさい…飲み会でした。 皆様よいGWをお過ごしくださいませ!
(2010/05/01)
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