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「たまお?」

 家には灯りが点いていなかった。國彦が手探りで電灯のスイッチを入れると、ちゃぶ台の上の手をつけていない食事が目に入る。ぬいぐるみを抱いたたまおは部屋の隅で、いつか慶吾と一緒に包まっていたブランケットを被って丸まっていた。

「たまお、ただいま」

 國彦が傍へ行って声を掛けると、たまおは黙ったまま抱きついてきた。

「寂しかったか? ごめんな」

 身体が冷たくなってしまっている。点けていったはずの暖房は止まっていた。

「お昼食べなかったのか」
「けーごは」
「……慶吾はしばらく戻って来ないかもしれない」

 口に出すと怖くなった。國彦はたまおを抱く腕に力を込める。

「腹が空いたろう。一緒に夕飯食べようね」

 たまおはゆるゆると首を横に振ったが、國彦は構わず台所に立った。たまおがついてくる。

「今日は鰤の照り焼きにしよう。魚好きだろ?」

 魚の臭みを取るための下処理をしながら國彦が振り返ると、たまおは途方に暮れたように小さく頷いた。

 猫の顔の形をした陶器のプレートは、以前、少食のたまおのために國彦が買ってきたものだった。
 仕切りのついたそのプレートにご飯、鰤の照り焼き、大根おろし、牛蒡と人参のマヨネーズ和え、そして可愛らしい南瓜の茶巾絞りを少しずつ、彩りよく盛り付けてゆく。
 小さな椀に青菜と油揚げの味噌汁をよそって並べると、和風のお子様ランチが完成した。

 まだ拙いながらもどうにか箸を使えるようになったたまおが、國彦のほぐした鰤の身をほんの少し口に運ぶ。

「美味しい?」

 たまおは國彦をじっと見詰める。尻尾がはたりと畳を打つ音がした。

「けーごはご飯たべたかな」

 小さな呟きに、國彦は胸を痛めた。

「どうかな。ちゃんと食べているといいんだけど」

 國彦も慶吾のことは気掛かりだったが、ああして飛び出して行ってしまった以上、國彦から連絡を取ることは逆効果だろうと察せられた。

「さみしくないかな」
「……たまおは寂しい?」
「さみしい。お腹がへらない」
「そうか。……おれも寂しいよ」

 3人でいることが当たり前になっていたから、慶吾もきっと寂しがっているだろう。早く帰って来ればいいと、國彦は心底願った。

 半分も食べずに手が止まっているたまおに、國彦は「南瓜も食べてごらん」と勧めた。たまおは鮮やかな黄色の塊を箸で崩し、その欠片を口に運ぶ。

「甘くて美味しいでしょ」
「うん」

 たまおが喜ぶようにとバターと少しの砂糖で菓子のように仕上げてある。それだけをきれいに食べて、たまおは申し訳なさそうにご馳走さまを言った。

(2010/04/28)


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