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「世良センセの研究室って何階ですかぁ?」
「3階じゃなかったかな。ほら」

 國彦はブラインドを持ち上げ、隣の文学部棟を示してみせる。

「窓が面してるのは多分この向こう側だ。見に行くの?」
「ちょっと行ってきまぁす」
「好奇心旺盛だなぁ」
「あは。実はミステリとか大好きなんですよね」



 そんなことを言って外側から破損箇所を確かめに行ったあかねは、重大な事実を発見した。窓ガラスが割られていたのは、実は2ヶ所だったのである。

 そして、そのもう1ヶ所の窓というのは、世良の研究室を挟んで資料室と反対側の、ある研究室だった。世良は震え上がった。

 しかし、何より國彦たちを混乱させたのは、その研究室の主が渦中の人、文学部長の沼沢佐一教授だったことである。
 窓に穴を空けたままにしておくわけにはいかないので、現在「高飛び」している教授に代わって事務の職員と沼沢ゼミの院生数名が鍵を開けて研究室に入った。そこで院生のひとりが、研究室が「荒らされて」いる――具体的には書棚の中身が引っ掻き回され、一部の資料がごっそりなくなっている――ことに気づいたという。

「わけがわからないな」

 國彦は首を傾げる。

「投石と研究室荒らしは無関係なのか?」
「侵入するために窓を割った、ってわけではないと思いますけどねぇ。3階だし」

 國彦の書棚を物色していたあかねが答える。

「……やっぱり世良センセのお部屋を狙ったのかも。沼沢センセの方は『荒らし』なんかじゃなくてご本人の仕業ってこともあり得ますし」

「なんで本人が」
「うーん、資料を隠して論文の捏造を隠蔽しようとした、とか」
「今更隠蔽できるもんでもないんじゃないかなぁ。裏付けが取れるのも時間の問題って聞いたよ」
「ですよねぇ。にしても沼沢センセ、一体どこ行っちゃったんでしょう」
「さぁなぁ」

 沼沢は今学期は授業を担当していないが、学部長の不在で入試関連の業務などにかなり支障を来しているらしい。現在は副学部長を務める女性の教授が代行しているということだった。

「……ご無事だといいんですけど」
「え?」
「沼沢センセ。だってこれだけ色々あったら、ほんとにご本人の意志で『高飛び』してるのかどうかだって怪しいと思いません?」
「あぁ……」
「あたし学部の頃、沼沢センセの講義取ってたことあるんですよぉ。クールな感じでかっこよかったな」

 そう言って遠くを見るあかねの視線を追って、國彦も彼の運命に思いを馳せた。

(2010/04/27)


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