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「部屋を引き払ってここに越してきたらどう?」 どっちみち、もう住んでいるようなものなのだから。
きっかけは國彦のその言葉だった。
「何で?」 「何でって……家賃やら光熱費やら、ほとんど帰らないのに勿体ないじゃないか」
慶吾が借りているのはワンルームの賃貸マンションだったが、國彦の家とは違って都市部にあるため家賃は決して安くない。加えて慶吾はアルバイトをひとつ辞めたばかりで、新たな職のあてもないのである。國彦の提案は妥当なものと言えた。
「別に……貯金だって結構あるし、大丈夫だよ」
何でもないことのように言ってのけた慶吾に、國彦は溜め息をひとつついた。
「慶吾。君が同年代の他の若者に比べればそれなりに貯えを持ってることは、おれも知ってる」
噛んで含めるような調子で國彦は言う。
「だけど今現在の収支のバランスはどうなんだ? 貯金を食い潰しながら今のような生活を続けられるのは、2、3年が限度なんじゃないか。もう少し長いスパンで考えなければ……」
「だから囲われ者になれっての」 恨めしそうに、低い声で慶吾は言った。
囲われ者とはまた古風な、と國彦は思ったが、慶吾を怒らせるのは本意ではない。努めて穏やかに言葉を継いだ。
「家計をひとつにしてもいいと考えてる。それなら2人で、いや、たまおも入れて3人で、今のまま無理なく生活できる。君にはバイト代から少し生活費を入れてもらうことにして……」
それはプロポーズにほかならなかった。しかし、慶吾は國彦を睨み付け、「もういい、聞きたくない」と言い放つ。 國彦は溜め息を飲み込んだ。
「慶吾」
思わず咎めるような調子になってしまった國彦の声音に、慶吾は絶望的な表情になる。
「どうせおれは、」
慶吾は声を震わせる。
「まともな仕事なんて続けられた試しがないし、金銭感覚だってなってないし……でも、國彦さんに養ってもらわなくたって、」
喘ぐようにそこまで言うと、昨夜放り出したままだったジャケットとショルダーバッグをひっ掴み、國彦の脇をすり抜けて大股で部屋を出ていった。
「慶吾!」
玄関のドアが乱暴に開閉する音、そして荒々しくバイクのエンジンを始動させる音が響く。 轟音が遠ざかってもなお、國彦は立ち尽くしたまま動くことができなかった。
寝室から、ぬいぐるみを抱えたたまおがおずおずと出てくる。
「……けーごは」
心細そうなたまおに、國彦は無理矢理笑顔を作ってみせる。そして自棄になったように一気に言った。
「おれが意地悪言って傷付けたから、慶吾は自分の家に帰っちゃったんだ。ごめんな、たまお」
言いながら自分の方が傷付いた表情を浮かべる國彦に、たまおは黙って身を寄せ、元気付けるように尻尾を2、3回ぱたぱたと振った。
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*慶吾が唯一続けられた「まともじゃない」お仕事についてはまた別のお話で書きたいです。 また金曜日ですね。1週間早すぎ……
(2010/04/23)
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