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立ち上がり、まだ少し覚束ない足取りでカラーボックスの方へ歩いて行ったたまおは、そこから自分のリュックを引きずり出した。國彦と慶吾に背を向けたままその中を探り、リュックを棚へ戻して再び席に着いたたまおの手には、確かに裏に磁気コードの黒い帯の入った國彦のIDカードがあった。
「何でたまおちゃんが?」 「たまおがお財布からとった。くにひこごめんなさい」
表情こそ変わらないが、たまおの耳はぺたりと折れてほとんど髪に埋まるようになっていた。
「いや……あ、もしかして初めて会ったとき?」 「はじめてあったとき。お財布からとった」
たまおが繰り返す。 そう、大学のベンチで居眠りをしていた國彦の財布をたまおが持ち去ろうとしたのがそもそもの始まりだったのだ。敢えて問わずにいた、その理由というのは―― 國彦が考え込んでいると、ていうかさぁ、と慶吾が不満そうな声を上げた。
「なんでそんなもん失くして、1週間以上も気付かないわけ」 「……そんなに使わないんだよ」
身分証ならば運転免許証があれば事足りる。大学発行のIDカードが必要になるのは、今日のような休日や夜間の建物の出入り以外には図書館に入る時と駐車場の利用手続きくらいのものなのである。
「たまおはこのカードが、必要だった……?」
考え考え、國彦が話す。
「ちがう。たまおは」
言いかけて、しかしたまおは黙ってしまう。顔が強張っていた。
「話したくないのなら、話さなくても大丈夫だよ」
安心させるように、國彦はたまおの背を軽く叩いた。
たまおは何か言いたげに國彦を見、また口を開きかけ、しかし結局何も言えずに俯いてしまった。尻尾が力なく上下する。 國彦は堪らず小柄な身体を抱き締めた。
「たまお、ずっとここにいていいんだよ。嫌なことは全部忘れてしまえ」
國彦の肩口に顔を押し付け、たまおは深く深く息をついた。その頭を慶吾も優しく撫でてやる。
何だって受け入れよう。 どこか危うい感じのするたまおという不思議ないのちに、驚くほどの愛情が芽生えていた。
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*とりあえずこの辺までが物語前半、みたいな感じです。後半はわりとドタバタになりそうな。
(2010/04/18)
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