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慶吾はふた月ほど前から全国チェーンのカフェでアルバイトをしていたが、女性チーフや他のアルバイト店員とうまくやれずに辞めてしまっていた。彼は女性が苦手だった。それだけが理由ではないが、どのアルバイトも長続きしない。夜に働いているバーにしても、勤め始めてまだ半年も経っていなかった。
「でもさ、たまおちゃん」
濡れて色が濃くなっている尻尾を湯の中で弄びながら慶吾が言う。
「もう辞めて1週間経つんだよ? 今頃そんなこと言うなんて、國彦さんてほんとおれのこと興味ないよね」
向い合わせでたまおを膝へ抱き上げる。柔らかそうな唇にキスをすると、たまおは大人しく目を閉じた。舌を差し入れれば絡めてくる。 擽り合いのようなキスは次第に激しさを増し、湯の波うつ音が浴室に反響する。親子アヒルが滲んだピンクの点となって、慶吾のまなうらでいつまでも揺れていた。
「あれ?」
同じ頃、研究室棟の通用口前で、國彦は必死で財布を探っていた。 正面入り口が施錠される夜間や休日は教職員用のIDカードを使って通用口から建物に入るのだが、そのカードが見当たらないのである。
「落としたかな」
「大槻さん、どうしました?」
焦っていると後からやって来た顔見知りの教授がロックを解除してくれた。
研究室で改めて財布や鞄の中を探したが、カードは見つからない。事務に紛失の届けを出すにしても休日明けになる。それまでに家の方も探してみることにして、ともかく今は仕事だと國彦はデスクに向かった。
(2010/04/15)
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