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浴室の扉が開き、金茶色の耳、焦げ茶の髪、同じ色の目が順番に覗いた。
広めの浴室は慶吾のお気に入りだ。建物は古いが給湯設備は國彦が入居するとき最新のものに交換されているため使い心地は快適で、磨りガラスの嵌まった大きな窓があるところも好きだった。
「たまおちゃん?」
浴槽に浸かったまま慶吾が声を掛けると、扉から顔だけ出したたまおが「おぼれてる?」と聞いた。
「溺れてない」 「なにしてるの」 「ぬるま湯に浸かってる」 「ぬるまゆ」
難しい顔をするので「脱いで入っておいで」と誘うと、居間へ駆け戻る足音の後、裸のたまおがするりと浴室へ入ってきた。両手に持っていたものをぽんぽんと湯の中へ放ると、自分も浴槽へ飛び込む。派手に水飛沫が上がった。
「つめたい」
慶吾が長湯をしている間に、湯はすっかり冷めていた。人肌程度だが体温の高いたまおには冷たく感じたのだろう。
「後でもう1回沸かし直そうね」
広い浴槽は2人並んでも余裕があるが、慶吾は膝の間にたまおを抱き込む。磨りガラス越しの陽光が、白いたまおの肌を一層白く見せた。 液体の中にいるのか外にいるのかわからないような人肌の湯。夢か現かわからなくなるような真昼の入浴。 たまおが浴槽へ放り込んだのはビニール製の風呂用の玩具だった。アヒルの形をしているが、色はよくある山吹ではなく派手なショッキングピンク。湯に浮かべた大小2つのそれを、たまおがつついて遊ぶ。
「どうしたの?それ」 「くにひこがくれた」
たまおはアヒルを底まで沈めて浮かび上がらせる、少々むごい遊びを始めた。
「そういえば國彦さんは?」 「だいがく」
今日は休日だったが、持ち帰って見るつもりだった学生の課題を研究室に忘れてきた國彦は大学まで行って片付けてきてしまうことにして、先程車で出掛けていた。たまおはその國彦から仰せつかって慶吾が溺れていないか確かめに来たのである。 出がけに思い出したように國彦が鞄から取り出したアヒルの玩具は藤倉あかねからたまおへのプレゼントだった。
「くにひこが」
今度は親アヒルに子アヒルを勢いよく衝突させながら、たまおが珍しく自分から口を開く。
「くにひこが、けいごはひるまのしごとどうしたのかなって」 「ああ」
慶吾は後ろから手を伸ばし、哀れな親アヒルを救ってやる。
「辞めちゃったんだよ」 「やめちゃった」 「うん」
(2010/04/14)
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