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掠れた悲鳴のような声とともに、慶吾はひときわ大きく身体を震わせた。
そこでたまおがむくりと起き上がり、國彦と慶吾を不思議そうに見た。漂い出した独特の匂いにわずかに顔をしかめている。 國彦はたまおを撫でてやろうとしたが、諸々の液体で両手が汚れていたので断念した。
「ここまで起きないなんて案外図太いのかな、たまおは」
きょとんとしたままのたまおは、「お帰り」の印なのか尻尾でぱたりと畳を打った。
「ただいま。拭くものを持ってくるから慶吾を少し落ち着かせてやって」
そう言って國彦は風呂場の方へ消えた。余韻に時折痙攣し、過呼吸のように喘ぐ慶吾の胸に、たまおはそうっと手を当てた。
「ん、たまおちゃん……」
その手をぎゅっと握り、焦点の定まらない瞳で慶吾はたまおを見た。
「気持ちいい、力、入んないよ……あ、」
きつく絡めた指がまたぶるりと震え、何かを堪えるように慶吾が眉を寄せた。その拍子に目尻から転がった涙の雫を、たまおは身を屈めて舐める。
その光景を、濡らしたタオルを手に戻ってきた國彦が微笑ましそうに見つめた。
國彦の手を借りて汚れた服をどうにか着替えた慶吾は、うっとりとした表情を浮かべながら再びブランケットにくるまって横になっていた。たまおはその傍らにぴたりと寄り添って動かない。ふたつの耳はぺたりと倒れ、尻尾も力なく床に垂れたままである。遅い夕飯の仕度を終えた國彦が呼びに来ても微動だにしない。
「たまお? どうした、ご飯だよ」
「……くにひこ」
側へ寄って来た國彦に向かって、たまおは初めて言葉を発した。張り詰めた声だった。
「なに、たまお」 努めて優しく、國彦は聞き返す。
「けーごは死んじゃう?」
呆気に取られている國彦の横で、当の慶吾もがばりと起き上がった。
「なに、おれ死んじゃうの」 「死んじゃうって言った」
たまおは相変わらず真剣な表情で慶吾を見据えている。
ようやく合点がいった國彦が笑い出した。
「慶吾、きみが妙なことを叫ぶからたまおがびびってるじゃないか」
最中に「死んじゃう」と叫ぶのは慶吾の癖だった。本人曰く「まじで死んじゃいそうな」心地になるのだという。
小柄なたまおの身体を腕に抱き、頬にキスしてやりながら慶吾は「ごめんね」と謝った。
「死んじゃわない」 確かめるようにたまおが言う。
「死んじゃわない。人間て案外頑丈に出来てるからね……ていうか」
たまおの頭をぐしゃぐしゃに掻き回していた慶吾が今更のように目を見開く。
「たまおちゃんが喋ってる!」
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*ええ、喋るんです。
(2010/04/09)
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