痛、痛たたた。なるほどさんが腰をさすりながら立ち上がった。昨日事務所の掃除をして机を持ち上げたときに(ぎっくり腰までは行かなくとも)腰をやってしまったらしい。30過ぎのおっさんが情けない。自称ピアニスト、とかなんとか言ってちゃんと仕事をしないから運動不足でそうなるんだ。自業自得。同情の余地なし!
「名前ちゃん」
「なんですか」
声を掛けられてそちらを向けば、なるほどさんの手には湿布が握られていた。さっき立ち上がったのは湿布を取りに行っていたらしい。
「お願いがあるんだけど、」
「嫌です」
「…まだ何も言ってないよ」
聞かなくたってわかる。いつもは了解もとらずにこうしてああしてと偉そうに指示してくるなるほどさんがわざわざ『お願い』をするなんて、ロクなことじゃない。
「わたし今からこれ見なきゃ」
「何だい?それ」
「ガリューウエーブのライブDVD」
「…どこでそんなもの」
「牙琉検事がくれたんです」
「……(あいつ…)」
ま、というわけで。言いながらなるほどさんに背を向けると、がっしりと肩を掴まれた。
「何ですか」
「名前ちゃん、湿布貼ってくれないかな」
「…自分でやってください」
「届かないんだ。やってくれるよね?」
無理矢理湿布を握らされる。ちなみに届かないというのは絶対嘘だ。寝転んだまま足の指を器用に使って新聞紙を取る人が何を言う。
「もう!じゃあはやく服上げてください!」
「なかなか大胆な発言だね」
「セクハラで訴えますよ」
「法廷でぼくに勝てるとでも?」
「うるさい!」
問答無用でなるほどさんのパーカーを掴んで上げた、ところで一時停止。わたしの目線はなるほどさんの腰から離れなかった。両手でなるほどさんの腰を左右からがっしり掴む。
「ほ、細い…!」
「まあ、君よりはね。…冷た!」
括れが無いこと気にしてるのに…!腹が立って湿布をいきなり貼ってやった。それから上がっていたパーカーを伸びるくらいに下に下げる。
「はい終わりました!わたしはDVD見るんではやくどっか行ってください」
「…ここ一応ぼくの事務所なんだけど」
「あれ、そうでしたっけ?みぬきちゃんのかと」
「………」
ソファにどっかり座ってリモコンを操作する。どすっ。なるほどさんが隣に座った。(…あれ?)近い。やたらと近い。なるほどさんとわたしの肩がぴったりとくっつくくらい近い。
「…なんか、近くないですか?」
「気のせいじゃないかい?」
「絶対違うと思、ぎゃあ!」
なるほどさんの手がわたしの腰をいきなり両手で掴んだ。(なにするんだこのおっさん!)
「あ、なんだ。思ったより細いじゃないか」
「ななな何が!」
「腰」
はあああ!?
腰って、ちょっと。これ本当に訴えたら勝てる気がする。オドロキくんに頼むべきだろうか。ぐるぐると頭の中で考える。
「まあ、ぼくの好みの細さかな」
ぴたり。思考停止。顔が熱くなっていくのがわかった。好みなのは体型のことだとか、括れがない体型が好みってなるほどさんどうなんだろうだとか余計な事は考えずに、なるほどさんの肩に体重を預ける。なるほどさんは何も言わずにわたしの肩に手を回し、空いている手でわたしからリモコンを奪ってテレビの電源を切った。牙琉検事ごめんなさい。もう観る気しないです。
「それにしてもなるほどさん、湿布臭い…」
「名前ちゃん空気読もうか」