ぺた、ぺた。こざっぱりした廊下を歩く。もともとオフホワイトでシンプルに清潔感を保っていたそれは、足跡だらけで黒ずんでいた。

テスト最終日の放課後は誰もいない。10月半ばになったというのにしぶとく照りつける太陽は、もう夕日に変わってしまった。カキン、野球部が練習しているらしい。あの固い硬式ボールに金属バットが当たる音。野球なんてルールもよくわからないけど。それでもこの音はきらいじゃないなあと思う。(なんか、青春って感じじゃん)ひとり笑ってしまった。青春してるのはきっとわたしだ。

足は自然とZ組の教室に向かっている。

ドアを開けた。がらっ。少しざつにしてわざとらしく音を出す。教卓に乗っかっていたふわふわした銀色の髪が少し揺れて、すぐに飛びあがった。

「うおっ」
「おはよう、先生」

先生が起きあがったいきおいで教卓に乗っていたプリントが4、5枚ひらひらと舞うように落ちた。わたしの足元にきた1枚を拾う。(この間の中間テストの採点、かな)こっちを向いた先生は、ドアを開けたのがわたしだとわかるとすぐに訝しげな顔をして眉を寄せた。

「苗字?…なんでいんの」
「先生を探してたの。古典の質問したくて」

プリントを渡した。先生は受けとりながらため息を吐く。

「しょーもねえ嘘つくなよ」
「あは、ばれた?」
「…お前おれのことばかにしてんだろ」

テストは今日終わった。やっと勉強から開放されたこんな時に、わざわざ教師に質問しにいくような人なんてうちの学校にいるわけがない。すぐにばれる嘘をついたのは、先生の飽きれたような表情が見たかったからだ。先生が立ち上がる。床に落ちたプリントを拾い出した。

「先生のそういう顔、好きだよ」
「おれはお前のそういうとこが好きじゃねーよ」

さらりと言ってみたけれどかわされてしまった。女子生徒にセクハラ発言ばかりしてる普段の先生とはちがう。(それは、)(きっと)

「ひどいなあ。わたしは先生のこと大好きなのに」
「はいはい、どーも。おれも生徒はみんなかわいくて好きよー」
「………(生徒、かあ)」

きっと、先生はわたしの気持ちにきづいてる。だからうっかり告白なんてされないように隙を見せてこないし、こうしてわたしに思わせぶりなことは言わない。(でも)(ちゃんと向き合ってほしい)

「ほら、おれは見ての通り居眠りなんかせず必死にテストの採点してんだよ。お前の相手してるひまねんだわ」
「先生、」
「暗くならないうちにさっさと帰ったほうがいい、」
「好き」

言ってしまった。ここまで正面からぶつかっていけば先生だってかわせない。先生の答案を拾う手が止まる。でもそれは一瞬で、止まったと思ったときにはもう何もなかったように最後の1枚を拾っていた。

「…はやく帰れ」
「逃げるの?」

なかったことにしようとするの?
泣きそうだ。声が震える。うまく呼吸ができない。わたしを見る先生の瞳がこわかった。

「そういうことは軽々しく言うもんじゃないぞ」
「軽く言ってるわけじゃな、」
「軽いよ」

さえぎられてしまう。軽いだなんて言わないで。わたしは真剣に向き合ってほしいだけだ。
ふぅ。先生が息を吐く。

「お前はおれのことが好きなんじゃない。年上に憧れを持ってるだけだ。」
「なに、それ…」
「周りの男子がガキっぽい。もっと大人なやつと付き合いたい。手近な先生に憧れて、好きだって勘違い。女子高生にはよくあるんだよなア」

なんで。どうして。わたしの気持ちを否定するの。返事すらくれないの。
ぱしん。気づいたら先生の頬を殴っていた。てのひらがあつい。先生の頬は赤くはれている。(あ)(痛そう)
でもわたしだって、痛い。

「なんで!なんでそんなこと言うの?」
「………」

先生はなにも言わない。余計頭に血がのぼる。

「受け止められないならそう言えばいい!なんでわたしの気持ちまで否定するの!」

視界がゆれた。涙なんて流したくない、必死にこらえる。先生の表情はわからなかった。

「…わかった」
「え、」

先生がわたしのうでを掴んで引き寄せる。もう片方の手は後頭部にあった。先生の顔が、近い。(これって、)

「っ!」

反射的にかたく目をつむる。予想していたものはこなかった。

「せん、せい…?」

恐る恐る目を開けた。先生の顔は相変わらず近い。それでもそれ以上は近づいてこなかった。

「ほら、お前はやっぱり勘違いしてんだよ」
「なんで!」
「おれとこういうこと、できねーだろ。好きじゃなくて、憧れだからだ」
「っそんなことない!」

先生のよれてだらしなく締められたネクライを掴んだ。そのまま強く引く。予想外の行動のせいか、先生はすんなり動いてくれた。
がちっ。じりじりと痛みが響く。歯と歯がぶつかった。先生の顔は怖くてみれない。(怒ってる?)(あきれてる?)たえられないくて、逃げ出してしまった。
教室のドアは開けっ放しだ。走りながら、とうとうこぼれてしまった涙を乱暴に拭った。
思い出したのは、先生の少しかさついた唇と胸の痛みだけだった。


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