ラララ | ナノ

コネクト・トゥ・ユー-3


 クラルはすっかり解けた後ろ髪を掻き揚げて唸った。なにそれ聞いてません。それだったら先に言って欲しかった。それだったら、そんな、こんな場所で事を急いたりしなかった……それ以前に、


「私の所、男性禁制ですよ?」
「うん。知ってる。一度断られているからね」


 そう言えばそんな遣り取りをした気がする。あの時のココも遠慮が無くなっていて、よりも……あまり、思い出したく無いエピソードに繋がってしまうから気軽に思い出せる物でないけど。
 何より今との自分の差違に混乱してしまう。もっともあの時とちがってこの場所の防犯カメラは映像のみで今いる場所は死角で……状況が違うっちゃ違う。

 でもクラルの着眼点はそこじゃない。ココの申し出。それが、なにかおかしい。男性禁制だと分かっているなら言ってくる事は愚か、こんな強引な物言いだってしない筈だ。
 クラルはちょっと首を傾げた。

 なにか変。


「一週間前に言ってくれただろ?」


 けれどココは上機嫌に会話を続ける。


「お隣さんみたいな事を、僕としたいって」


 あ。クラルはつい一週間前の出来事を思い出してココを見上げた。
 ココは目を細め、優しい表情でクラルに微笑む。「喉、乾いてないかい?紅茶を……仕舞った。冷めてる」いつの間にか後ろのテーブルに避難させていた紅茶をクラルに差し出そうとし、顔をしかめる。
 その姿につい、クラルの胸は高鳴った。素敵。だなんて思って、「平気です。……いただきます」両手で受けた紙コップを少し強く握る。沢山入っていた紅茶は確かに、もうすっかり冷めている。
 ココは暫く紅茶を飲むクラルを目を細めて眺めていたがやにわ、


「あ。そうだ。ちゃんとお泊まりセットも持って来たよ」


 横に置いていた肩掛けのボストンバックを顎で差し示した。
 肩から袈裟懸けにかけていたそれは今、脱ぎ捨てられたジャケットやTシャツと一緒にココの真横、クラルの背中側に置かれている。
 あれは、それだったのね。クラルは紅茶を啜りながらどこか冷静に鞄を見詰めた。通りで、いつもにまして膨らんでいる。


「ハブラシに、コップ。スリッパだろ」


 クラルの腰を支えていない方の手で指を折りながら、ココはうきうきと中身を暴露し始めた。


「タオルに着替え。あと、ひげ剃り」


 ココは美しく清潔な見た目の男だが、真っ黒な髪から輪郭のラインに触れる迄伸びるモミアゲを持っている。実は四天王の中で一番男性ホルモンが濃い部類かもしれない。
 朝剃ったのに夕方には生えてくるようなレベルではないにしろ、朝は必ず洗面台に立つ必要がある。


「あれ?もしかしてひげ剃り持ってた?」


 クラルは思った。有る訳無い。ココがドライヤーを必要としないのと同じ位、クラルには不必要なものだ。だって女は産毛を持てど、濃い髭は生えない。


「いえ。ありません…」
「良かった」


 と言うか何でそこをチョイスしたのだろう。ひげ剃りは持っていないけれどハブラシやコップくらいならストックに来客用があるのに。
 クラルは思って、こてんとココの胸に向かい脱力した。そこで初めて、まだココの上半身は裸なのに気付いた。耳がぴったりと鼓動を鳴らす厚い胸板にくっついて、それはとても安心出来た。だからブラウスを隔てて肩に伝わる体温には、自分だけ服を整えた事が何だか白々しい態度を取ってしまったような、申し訳無い気持ちになる。
 だって私だけこんなのは嫌です。と、ココの服に手をかけたのはクラル自身だったのを思い出すと……耳が火照ってきた。

 冷たいコップの中身を飲みきる。ココがそんなクラルを愛し気に眺めて目を細める。

 人にもたれ掛かっての飲食はお行儀が悪いかもしれない。それでも自分の胸元にもたれかかって来たクラルの額にココは嬉々として頬を擦り寄せて来たから、まあいいかしら。とも思う。
 思ってしまった時点で、いつの間にか自分の作法の基準がマナー本よりココの受け止められ方になって居る事と、案外自分はココの発言に困っていないどころか喜んでいる事に、内心驚いた。今日は驚きっぱなしだ。

 なによりこんな規則に抵触する申し出は、以前なら間違いなくいけませんとココを説得していたのに、今は頭の中で部屋迄の道を思い出し、どうした周りに気付かれない様ココを連れて行けるのか考えている。

 ふと思った。

 お隣さんみたい。に、と彼は言ったのに、どうしてお泊まりセットを持参されているのかしら。


「明日は君も休みだから、二人でのんびり出来るね」


 そしてつい数時間前に睨めっこした勤務表を思い出し、そう言えば確かに私、明日休みでしたと気付く。ココが自身のスケジュールを把握している事には別段驚かない。でも、


「……本気で泊まる気ですか?」
「勿論」
「遊びに来る、でなく?」
「入っちゃえば一緒だろ」


 ココが毒人間である事にクラルはどうって事も思わないが、こう言うところは少し、怖い。と、思う。
 何言ってるんだい。と言う顔をされれば、まるでこっちが意味不明な事を言っている様な気分になってしまう。


「それに今、この島の周囲は積乱雲が発生していてダウンバーストが起こる危険性があるからね。キッスは帰したし、ヘリも飛ばないんだ。明日迄」


 ご機嫌なココの声と笑顔に、クラルは思った。

 やっぱりココさんは、凄く強引になった。

 前迄こんな明らかに断れない状況を作る人じゃなかった。
 同時に、それを嫌と思えない自分自身の変化には、何となく掌上で転がされている錯覚にも陥ってしまう。はじめから全部この形で収まるように仕組まれていた気に。

 ――有り得ません。

 クラルはいっそバカらしい逃避に内心頭を降った。仕組まれていた。なんて考えは、どこまで幸せな結果論なのかしら。


「でも、どうやって来るおつもりなんです?」


 クラルはココを見上げ首をかしげる。
 そうなるしかないのならもう、それで良い。だってクラルだって本当はココといたい。ココと、ちゃんと二人きりになって、ココのしたい事に応えたい。いつ人が来るか分からない緊張を持ちながらキスしたり慣れない声の押し殺しをするより、なんの心配も無くいちゃつきたい。
 でも実際問題、ココが誰にも見つからずクラルの部屋迄行けるなんて…難しい気もする。だって2mの大男で、誰しもが眼を惹かれずには居られない容姿の持ち主だ。

 絶対無理。

 絶対誰かしらには見つかる。


「なんで?」


 それなのにココは本当に不思議そうに聞き返して来たから、クラルは少し呆れた。


「寮は男性禁制以前に、職員限定ですよ?」
「そうだね」
「……警備、厳重ですよ」


 警備に関してはお隣さんが本来入室禁止の筈の男性を連れ込んでいる事が発覚している手前いまいち説得力に欠けるけれど、結局はその相手も所員で寮在住だからこそ出来るのだからやっぱり、寮住みでもないココが来るのは難しい気がする。


「じゃ無きゃ困るよ。安心して可愛いクラルを預けられない」


 私はココさんの子供ですか。あっけらかんと言うココに一瞬、そんな思いが過った。思いは顔に出たのだろう。くすくす笑い出してココは、「冗談だよ。クラル。拗ねないでくれ」と言う。額に軽くキスしてくるその所作のお陰で今一信憑性に欠けるけれど、腰に回されているココの手はさっきの後からずっと服越しでも分かる位時折いやらしくウエストを撫でてくる。また、ブラウスの中に忍び込みたがっている。
 悪戯を企てる手を手で制しつつ、額に落とされた唇の感触に誘われて上を見上げれば今度は、嬉しそうに唇を塞がれた。始めは軽く、でもクラルが嫌がる素振りを見せないと分かると少し深く、ぴったりと。

 温かく甘い唇から伝わる微熱は今日ずっと、喜びが滲んでいる。
 やっと会えた喜び、一緒にいる喜び、そして、クラルが大胆に応えてくれた事への喜び。子供扱い、恋人扱いが半々、と言った所かもしれない。元々ココはお兄ちゃん気質だから、甘やかしたがりな面もあるのかもしれない。
 だって唇の動きや形に合わせて顔を傾けるのは、いつもココだ。隙間を埋めたがるのもココで、もっとと強請るのも、キスから先をしたがるのもどちらかと言えばココ。


「…でも、大丈夫だよ」


 紅茶の味も消し飛んだちょっと長いキスの後。少し乱れた息を吐くクラルの唇に向かってココは囁いた。


「僕は大丈夫。取って置きの秘策があるんだ。絶対にバレない方法」


 自信たっぷりに、クラルを見下ろしつつにっこりと笑う。


「クラルは、消命って知ってるかい?」




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