ラララ | ナノ

コネクト・トゥ・ユー-2


 ココは今日、珍しく私服で訪れた。


「何処か別の、二人になれる所へ行こう。食事を持って来たんだ。夕飯、未だだろ?」
「はい。有り難う御座います、」

 気付いたのはそう言って手を取ったココを改めて見上げた時。ココは黒いクルーネックシャツにモスグリーンのジャケットを羽織り、クリーム色のスラックスを履いてボストンバックを袈裟懸けにして居た。
 所長に緊急で呼ばれたと聞いていたクラルはてっきりいつもハントの時や仕事の時に身につけている、あのボディラインが浮き彫りの黒い格好で表れると思っていただけに驚いた。


「クラル?」
「今日は、いつもいらっしゃる服装と違いますね…」


 そう言えば「ターバンも…」今日はしていない。
 ココは指先で毛先を摘まみ、


「ああ。……おかしいかな?」


 不思議そうに見上げるクラルの視線に答えて、ココは困った様に笑った。


「いいえ。ココさんはなんでもお似合いです」


 クラルが笑顔で答えると照れ臭そうに微笑んだ。



 二人きりで飲食可能なスペースを探して、やがてこの時間は利用者が先ず居ない食堂を見つけた。
 必要な場所だけ明かりを点け、一番隅のボックス席に座る。


「……今は無人の上入り口からは丁度死角になっているから、ここなら何したって誰にも分からないね」


 ココはクラルの肩に手を置きつつ後ろから意味ありげに艶っぽい台詞を囁きかけてきたけどクラルは、何について追及しちゃ駄目。と直感で感じた。
 でも一応、


「……精々キスまでです」


 彼の残念そうな苦笑いを誘う念だけは押した。



 それでもクラル達は初め、ココが持って来てくれたまろやかな口当たりのアボガドと歯を押し返すくらいにぷりぷりのシュリンプが挟まれたサンドウィッチを(ココはマスタードがたっぷりかかったチョリスとサニーレタスのホットドックを)頬張りつつ、他愛の無い話をしあった。
 お互いの存在が傍に居なかったこの約一ヶ月、何をしてどう過ごしていたのか。何を見て、何を感じたのか。をただ語った。
 ココもクラルも仕事絡みのエピソードが多かったけど、ココはキッスの、クラルはリンやマンサムの話題も交えた。

 それからココが、ティーサバーから紅茶を取って来ると席を立った時。クラルは、どうして今日研究所に来る事を教えてくれなかったのかを訊こうと思った。


「ココさん」
「んー?」


 別段、深い意味はなかった。


「どうして、今日は…私に連絡して下さらなかったのですか?」


 連絡がマメなココさんにしては珍しい。と、ただの興味として訊くつもりだったのに、いざ言葉を紡いだら唇は、少し尖ってしまっていた。
 口に出した言葉はごく僅かで、タイピングしたらとても簡素に収まる位だったのにその調子はまるで、ココの来訪を教えてくれなかった事が不満だったとばかりの詰問調になった。
 声が、悲しかった、切なかった。との感情を滲ませて、珍しくココの目を見張らせる。


「クラル……?」


 喜びの裏に存在していた虚無感が顔を覗かせてしまった事に、そんなものがあった事に、クラルは自分自身でも動揺した。
 認めたくない。けれど今、問い掛けと共に胸中に湧き出た渦は間違いなく、嫉妬で、憤りだった。

 どうして連絡を下さらなかったの?私が連絡をしなかったら、そのまま帰ってしまうつもりでしたの?もしリンちゃんが教えて下さらなかったら……。

 僅かな言葉に、そして意図せず作ってしまった沈黙にそんな、ココを責める空気が漂う。


「すみません……」


 こんなのはおかしい。と、クラルは自分で自分を叱咤した。


「些末な事です。忘れて下さい」


 ココが占い師と美食屋の二足の草鞋を履いて以降、以前より多忙に成った事をクラルは知っている。その中でも自分に対しては以前と変わらない時間を充ててくれる優しさも、充てられなかったと言ってもそれがそのまま、愛情が以前より劣った事には成らない事も。知っている。
 気を遣わせないつもりで言った事が、逆にココを困らせてしまうことも、分からない距離感じゃない。

 案の定ココは少し困った顔で微笑んだ。そして、その顔に少し、刺す痛みを感じたクラルに優しく、


「……本当に急な呼び出しだったんだ」


一口紅茶を飲んで、ココは話始める。


「頼まれた獲物を捕獲している間に、モバイルの充電が切れてしまってね。一旦家に戻ったが満足な時間もなくて、此処に着く迄回復出来なかった」

「だか。君も知っての通り、所長は話を初めると長いだろ?」

「やっと話が終わって、さあクラルに連絡をしようと思った時だ。君から、メールが来た」

「……心が繋がっている気がして、嬉しかった」


 サーバーから持って来た温かい紅茶をクラルの前に置いて、頬を、本当に愛し気に撫でた。


「すまない。そんな顔をさせるつもりは、無かったんだ」


 クラルは、でも言葉とはちぐはぐに嬉しそうに顔を綻ばせたココを見つめて思った。

 ――どうしてこの人は、こんなにも優しくてそして、こんなにも自分を甘やかしてくれるのかしら。

 真横に腰を降ろして大きな掌で頭を撫でて「クラル、ごめんね」なんて。嬉しそうに囁く前に、たったそれだけの事で臍を曲げるな、と。嫌な顔をして良いのに。

 だって――クラルは、そっと唇を噛む。――だってこんなのは、聞き分けの無い悋気だ。

 あれがどんなに身勝手なものかクラルは気付いている。何しろ今日のココは朝早くからハントに行かされて、長い距離を往き来させられてきっと今、とても疲れている。それなのに、自分の為に時間を裂いてくれた。帰宅はきっと深夜になるだろう。そう思えば連絡をくれなかった位、何て事は無い。たったそんな事で僅かでも腹を立てた自分が悪い。なのに、。

 それなのに謝ったのはココだった。

 しかも不満を口にした事、そして、嫉妬を隠さなかった事には嬉しそうな表情で微笑んで、クラルを甘やかしてくれる。
 どうしましょう。凄く、嬉しい。負の感情をぶつけても許されて、寛容に、享受される。クラルの心の奥からざわわと皮膚を逆撫でるような、でも心地良くて甘い感動が産まれた。
 自分が嫌う自己を、何でもない風に受け入れられる事が、そうして微笑まれる事がこんなにも嬉しいなんて。そして、こんなにも安心するなんて。

 でも、これはいけない。と、クラルは思う。愛おしそうに頬を頭を撫でて親指でクラルをなぞるココの好意に甘え過ぎてはきっと駄目になる。いつかバランスが崩れてしまう。私か彼、もしくはその両方の間にあるバランスが。


「ココさん」
「ん?」
「私も、ごめんなさい」


 顔を火照らせたまま眉を下げるクラルに、ココはくすりと笑う。


「何が?君が謝る理由が、僕には分からないよ」


 ココは撫で慈しんでいた掌で腰を抱き、優しい強引さでクラルを引き寄せてキスをした。そのまま、クラルを抱き上げてに膝に乗せる。膝の上で何度もキスをする。
 やがて、熱く筋ばった掌が、ブラウスの中へと入り込む。

 ――あ。駄目。

 クラルはそう思いながらでも、抵抗を忘れて素直に、ココを受け入れる。


「クラル、……良いの?」


 聞かないで欲しい。と、舌を絡ませてするキスは、マスタードと紅茶が絡んだ、ほろ苦い味がした。





 ココは、元から大胆な男だった。
 それでも今迄は、どこか、クラルに対して遠慮があった。それはきっと体質のせいだろう事は、ココと言う人間を深く知っている人なら誰でも分かる。

 ココは毒人間だ。

 見かけはかなりハイレベルの好青年だからこんな事を言っても新手のジョークだろうと思われがちだけど、ジョークでも冗談でもなくココは、体内でありとあらゆる毒物を精製出来る。戦闘の際にはそれで攻撃をする。

 毒人間。

 自身の事を、世界で最も有毒だとも言っていた。それは強ち間違っていない。

 でも、ココはその後天的に与えられた不遇にただ嘆くだけの男かと言えばそうではなくて。元々の性格もあるのだろうがきちんと、そんな自分の取り扱いを知っていた。
 そもそも毒人間と言ってもクラルが小さい頃に読んだファンタジーの題材でよく見かける、全身の体液がもう既に毒物だ。とか、無差別に毒を振りまいてしまう。とかとは違った。その精製量には限りが有り、ココが抑制していれば周囲に害はない。その時は触ってもキスしてもへっちゃらだ。(でなきゃ占い師なんて客商売も、食に一番関わる美食屋だって出来ないし、ココに群がってくる女性達にただ困惑するだけだなんて有り得ない)プラス、超越した視力も相まり、ココは案外、毒人間である自分とかなり巧く付き合っていた。
 だからこそココと恋人としての段階を重ねていけた。と、クラルは思う。

 人間関係が狭いのも、女性が苦手でよく逃げ出しているのも体質のせいだと言うより寧ろ気質なのかもしれない。自身のトラブルシューティングもクラルが見る限り理解している様に見える。四天王の称号は伊達じゃない。

 それでも体質に関して湧き出る負い目は払拭しきれなかったのか、ココは時に不安定にもなるし、クラルに対して何処か遠慮がちだった。
 嫌だという事には笑顔でそっと身を引いたし、口では強気にクラルをからかっていても、行動となると一歩足を引いてしまう事もあった。
 それは強引さの中にもそれ以上は踏み込んでくれないココが定めたラインだ。

 あの日迄、二人の間に存在していたライン。


「、ココさん…」


 クラルはしっとりと重くなった腕をココの背中に回して、硬く、熱い肌に触れた。
 く、と呻いて息を堪えたココの熱い舌が首筋から耳の後ろをねぶる。耳朶を食んだ唇に「…クラル、」熱っぽく名前を囁かれて「好きだ。好きだよクラル、愛してる……」クラルは汗ばんだ肌を更に濡らす。私も。と、想えば想う程、声を漏らす程、身体で感じるココの体温や質量がとても愛しい。

 あの日の、あの一件を境にクラルは、ココに対して強く、そして以前よりも素直になったと思う。
 でもそれは、ココにも言えた。ラインなんて初めから無かったみたいに遠慮が減って、より強気で大胆になった。最もココは大胆と言うより、強引。とも言えるかもしれない。

 ただそれに言えば、クラルは嬉しい。

 ココが気を遣ってくれている手前ずっと言えなかったけど、ココのどこか遠慮がちな所にクラルはちょっとヤキモキとしていたから。
 今の強引なココの方がクラルはずっと好き。前のココも勿論好きだけど、それよりももっと。
 ココが以前よりも自分を明け透けにしてくれるのが、クラルには嬉しい事だった。

 ものにより、驚きはするけれど。




「は、い?」


 すっかり乱れてしまったブラウスの裾を整えた所で、クラルはゆっくりと聞き返した。目を数度数度瞬かせる。頭の中で会話を反芻させてみても、どうにも中に入ってこない。
 ココはクラルを膝に座らせたままにこにことしている。占い迄も無く、上機嫌だ。愛しくってしょうがない彼女にやっと会えてそして、久々にスキンシップの最初から最後迄したい放題出来たのが嬉しくてたまらないと言った様子でにこにこしている。くしゃくしゃの黒髪が、妙に色っぽい。

 でもクラルはそんなココを見上げて見惚れるよりも、口許をひきつらせた冷や汗を滴らせた。


「今、何とおっしゃいました?」


 ついさっき聞いた事がやっぱりいまいち信じられなかった。
 ココは、凄い事をさらりと言ってのけた気がする。
 機嫌良くしていたココが一瞬だけおや?と言う顔をして、でも直ぐにまた笑みを称えて言った。


「だから、今日は君の部屋に遊びに行く気で来たんだよ」


 ココはとても爽やかに笑った。
 クラルの瞳から出かかっていた愛別の涙はもう引っ込んでいた。



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