25th


 それは心ばかりのクリスマスギフト。お砂糖菓子のサンタクロースを添えた、ドライフルーツたっぷりのミンスパイ。寿ぎの言葉と共にお帰りの方々や立ち寄りの方へもお渡しする。
 しんと星が震える、午前二時。クリスマスの真夜中。聖堂の鐘塔からは聖夜祭礼の終わりを告げる鐘が涼やかに鳴り響いている。風に乗って、夜空に浮かぶオクタグラムの輝きに合わせて、厳かに、遠くまで。
 いつもは少し欠伸をしてしまう時間だけれど、今朝は彼と一緒に朝寝坊を選んだから、一日中ゆっくりと過ごしあったから、まだ、目が冴えている。頬に触れる冷たい空気も、それはとてもとても寒い筈なのに今は、不思議と心地良い。

『終わる頃、迎えに行くよ』

 胸に、彼のお言葉が灯る。想起の温もりが耳元に、唇に、指先にと染み込んでくる。私の中に根付く文化を尊重し、愛し、慈しんで下さる優しい彼。彼は今夜、どこかの国でお腹を空かせている子供たちへ、彼等にとっての金貨をお与えになった。

『サンタクロースの衣装を着たよ』
『それで、パンやお菓子を配ったんだ。みんな凄く喜んでくれて、』

 語り聞かせて下さった彼の瞳はとても美しく輝いていらした。私は、そんな彼のお話を聞くのが大好きで、そんなココさんをとても、とても誇らしく思う。クリスマスの日に沢山の方に笑顔を運んだ、聖ニコラウスのような人。
 最後の、鐘の音が鳴った。涼やかさが空へ吸い込まれ、やがて止む。人々の数も少なくなり沢山の用意があったパイの箱も、底が見え出した。それもまたひとつ、ふたつと減り、最後の方を見送る。もう扉を閉めなくてはいけない。今日は良い夜ね。と、ご一緒の方が仰って私も、本当に。星がとても綺麗です。と、仰いだ夜空。静かな夜の中でひときわ輝く星明かりの真下に、雄々しい鳥の影が映った。





「へえ、ミンスパイを?」
「はい。ご存知でした?」

 抱き止めた彼女が僕の腕の中で微笑う。

「名前だけね。クリスマスの日に食べる伝統菓子だろ? ドライフルーツを砂糖とスパイスで煮詰めた後にブランデーを回し入れて作った、謂わゆるミンスミートをパイ生地に包んで焼く。元々は挽肉を包んでいたこともあって『ミンチ』の語源だ。だが……食べたことはないな」
「お酒が入ってしまいますからね」

 ほんのりと色付いた頬と鼻先で、柔らかく目を細めてくれる。

「そう。だから僕向きじゃない」

 そのまま抱き締め、目尻に唇を寄せた。
 マフラーと手袋と帽子、そしてダウンケットでしっかり防寒を施したし短距離の短時間だったが、やはり真夜中の飛行は厳しかったのだろう。キッスから降ろした彼女は髪の先まで凍えていた。当然、唇で知った肌の温度も低い。吐く息も白い。部屋に入ったら直ぐ暖炉の火を起こそう。クラルは、暖かい飲み物とシャワーどちらを先に求めるだろうか。地面に降ろすのももどかしく、腕に抱えたままキッスを労う。

「歩けますよ」

 そう言った彼女の申し出を僕は断った。

「知ってる。でもこっちの方があったかいだろ?」
「ですが……重くありませんか?」
「君の体重なんてたかが知れてるよ」

 苦笑すれば、困ったように笑う。風が帽子から溢れでた髪の一房を撫でていく。

「このままリビングへ連れて行こう。コートや小物は大分冷えているから暖炉の側にかけた方がいい」

 まあその時、僕らはもう家の玄関前にいたから、問答は無駄だと諦めたのかもしれない。開いた方の手でドアノブを回す頃には僕に体の重心を預け、くすくす笑っていた。

「まるで、攫われて来たみたいです」
「人聞きが悪いな……」

 まあ、今の僕の格好からすればわからなくもない。






「そう言えば、こちらを頂きました」

 ハンギングしたコートのポケットから彼女が何かを取り出した。
 サイドランプと暖炉の火だけが灯るリビングの一角。僕は床にクラルを降ろしたその死角で、あらかじめ隠すように置いてあった物をポケットに忍ばせた所だった。そのままちょっと席を外そうとしたが彼女に呼び止められたら話は変わる。
 僕の眼前にリボンの付いた透明な袋が現れる。何かが収まっている。

「……サンタ?」
「はい。お砂糖の、サンタクロースです」

 焦点を合わせればケーキの上に飾られているような砂糖菓子が見えた。二頭身のサンタだ。そいつがふたつ入って、ラッピングされている。

「パイをお断りをしたら、じゃあこっちだけでも、と」
「へえ。可愛い顔をしてる」

 僕の感想に、恋人は満足そうに笑う。

「折角ですからクリスマスディナーのケーキに載せませんか?」
「ああ。それは良いね」

 じゃあ預かってキッチンへ持っていた方がいいな。そう判断し、クラルの手からサンタを受け取った。こういう砂糖菓子は溶けにくいだろうが、まあ、念のため。熱源からは遠い方がいいだろう。

「あら」
「ん?」

 急に彼女の顔が華やいだ。僕をじっと見つめたかと思えば、喉を震わせて笑い出す。

「……どうしたんだい?」
「いえ、」

 くすくすと。それは面白いと言うよりも楽しそうだと、声が物語って、

「サンタクロースが、三人も」

 なるほど。得心がいった。
 確かに僕はまだサンタの格好をしていた。着替えずにそのまま帰ってきたからだ。去年、着替えてから落ち合ったら彼女が、お写真じゃなくて実際にお会いしたかったです。そう、残念そうに眉を下げたから。その格好のまま迎えに来た。
 クラルは僕の姿を見て初め、少し驚きでも、直ぐに破顔した。とてもお似合いです。素敵。と、言ってくれた。

「特別いい子には、そう言う奇跡もあるんじゃないかな」
「あら。私、いい子でした?」
「いい子すぎるから、攫われたんじゃない?」

 やや、間を置いて、

「黒い、サンタの僕に」

 彼女が苦笑する。

「……逆、では?」
「あれ? 知ってた?」
「逸話だけ、ですけど」

 そう言えばクリスマスに纏わるストーリーブックを読んでいたな。僕がめくった章には無かったが、もしかしたら記述があったのかもしれない。クリスマスの夜、悪い子に罰を与え時に拐ってしまう黒い服のサンタクロース、クネヒト・ループレヒト。

「君、なにも言わないから気付いてないと思っていたよ」
「……知っていることを、全て口にする趣味はありません」

 眉を下げて笑う彼女を見てつくづく思う。やっぱり良い子だ。

「そう言えばそれについて今日、ちょっと面白いことがあったんだが……もう遅いから、明日にしよう。シャワーはどうする?」

 寝る前に入るか、起きてからか。問いを言外に含ませていても彼女は気付いてくれるだろう。

「そうですね……今、お借りしても?」

 それだけの時間を僕らは過ごしている。

「勿論」
「……ココさん、は?」
「僕は後から行くよ。着替えを持ってくる」
「はい」

 柔らかく微笑うクラルの、まだ冷たいその頬に触れる。奥に熱を潜ませながらも冬に従順な肌。整った睫毛のその目尻の端はほの赤い。
 真っ直ぐに見つめてくれる愛らしい瞳は僕と同じ色を宿している。微熱と、恋情と、愛情、思慕の色。つんとした鼻の下に収まる唇を親指で撫でる。そのまま、体の輪郭をなぞるように手を下ろして腰に添えれば、察しの良い彼女はつま先を立たせてくれたから僕は、腰をかがめ、キスをした。
 そうして、影でずっとポケットに入れたままの手を取り出す。
 ……予定とは違うが、このタイミングが一番良さそうだ。柔らかく甘い感触を味わいつつも手の平の中身に気を配り、指の先を彼女の髪に絡ませた。

「ん?」

 なるべくワザとらしくないように、名残惜しさが勝る口元から唇を離す。

「クラル、髪に何かついてる」
「髪、ですか?」
「ああ。取るからじっとしてて」
「はい。……何かしら」

 何だろうね。言葉に出したい衝動を抑えて取り繕い、彼女をぴったりと抱き寄せたままその眼前に、掌を晒した。

「取れたよ」

 この為にさっき隠した、ピアスを見せた。

「……」
「どうやら、君は本当にいい子なんだな」
「……ココ、さん、」
「クリスマスの星が、くっついて来た」

 それはクリスマスリミテッドの一品。ゴールドの星にダイヤモンドが嵌め込まれたデザイン物。ピアスには対になるネックレスがあり、更にイメージ調香された香水(それも彼女が好みそうな香りの品)があり、勿論、一緒に購入したが先ずは、第一弾。
 感嘆の吐息が彼女の唇から零れ落ちる。

「もう、」
「しかも二個だよ。凄いね」

 この程度で感動して貰っては困る。だってクリスマスホリデーは、まだ始まったばかりだ。

「そう言うことを、どちらで覚えてくるのですか?」
「それは秘密」

 メリークリスマス、クラル。と、僕が言ったら、ハッピホリデー、ココさん。と、彼女は言った。

「サンタクロースから手渡しでプレゼントを頂けるなんて、初めてです」
「黒いけどね」
「構いません。……ありがとうございます」

 柔らかいキスをくれた。






 彼女からのホリデープレゼントは翌朝。清々しい朝の日差しの中、気配で目を覚ました僕の枕元にちょうど置かれる所だった。しかもどう言った心境変化かご丁寧に、昨夜僕が着ていた服を着ている。目を点にしているだろう僕の前で、彼女が、クラルが照れたよう肩を竦ませた。しかも、その可愛らしい耳に昨夜の星を揺らし、「ココさんにも、サンタクロースからプレゼントが届きましたよ」ああ! まったく!! 今朝の先をこされた僕はくすくす笑う彼女を引き込んで抱きしめ、二人で笑った。




(The Happy Holiday is The Christmas)
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Happy holiday はもうひとつのクリスマスの挨拶です。主に非信仰者へ向けて贈る言葉ですので、ココさんへの言葉はこちらにしました。Happy happy Holiday for you!
遅刻したけど今年中に上がれて良かったです。


(2020.12.31)




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