Five

 腹を括ってしまえば、ココより頼もしい男は居ない。
 あれから直ぐに、暖房を付けた。お茶を用意して、小さなクラルが温もりつつあるリビングで一息付けている間に、部屋を用意した。場所は、クラルの要望で作ったゲストルーム。グルメ界からの帰還の後、GODを巡る諍いにより起こった度重なる地響きや天変地異の影響か、死相が見え隠れし始めた家のリノベーションを行う際に提案された。
 一室くらいはあっても良いと思うのです。いつお客様がいらっしゃっても良い様に。壁紙はこちらで、ベッドはこちら、ラグマットは……
 カタログを眺めて上機嫌になってしまった妻にココは、必要ないだろう。なんて言えなかった。夫婦の寝室も、共用の書斎も用意が進んでいる。クラルが欲しいと言うならその願いを叶えてあげたい。それに、あれこれと上げられる内装を脳内で組み立てると、少し、子供部屋の気配を彷彿とさせたから(……あ、ら、どうしましょう。こちらだと少々、可愛らしすぎました? 男の方だと、嫌がるかしら)そう、出来上がりに目を見張ってしまったクラルに、そうかい? 僕は良いと思う。と、ココは自信たっぷりに答えた。


「部屋はここ。ゲストルームとして作ったところだから、ベッドは大人用だけど、寝心地は良い筈だよ」

 整えたばかりの部屋へ、ココは小さなクラルを案内した。

「そうそう。君の服は、この中」

 エッグシェルカラーの壁。ウォンカバーに似た模様のクローゼットドア。エアリーシープスキンのラグマット。キルトケットのベッドカバーに、ラベンダーカラーのカーテン。

「ボストンバックに入ってる。クローゼットの前においておくから、君の好きな様にしまってくれ」

 どれもこれも、クラルが気に入って揃えたもの。だからだろうか。
 小さなクラルは、部屋の入り口の前で興味深そうに立っていた。息を飲んだ表情のまま、ゆっくりと辺りを見渡している。

「……クラル、ちゃん?」

 ココが名前を呼ぶと、

「はい!」

 教師に急に名指しされた生徒の様に返事をする。ココは思った。あ、これ、懐かしい。
 しまった。と、言わんばかりの表情も、どこかデジャブを感じる。

「もうしわけ、ありません。あまりにも、良いお部屋でしたので」

 クラルのセンスは、子供の頃から変化が少ないようだ。寧ろ、子供の頃のクラルが憧れた部屋だったのかもしれない。

「本当に、こちらを使っても、よろしいのですか?」

 じっと、ココを見上げながらも、おずおずといった修飾が似合う声で尋ねたクラルにココは苦笑混じりに答える。

「勿論さ」

 クラルの表情変化は、ココがいつかに聞いた通り乏しいものだった。あまり笑わない。微笑むこともない。けれどその瞳の輝きは雄弁で、電磁波は途端にはたはたと煌めいて、もし彼女が子犬だったら、激しく振れる尻尾が見えたかもしれない。


 それにしったって、おかしな同居生活が始まりそうだ。現状を受け入れると決意したからか、奇妙な予見が脳裏を横切り始める。
 だって、子供になったクラルは、想像以上におとなしかったのだ。きっと気を遣っているんだろう。そろそろひとりの時間が欲しいだろう。そう思って、「夕食の準備をして来るよ。出来たら呼ぶから、好きにくつろいでいてくれ」「わたしも、お手伝いをいたします」「いいから。なんなら、リビングでテレビを見ていて。好きな事してな」優しく、声をかければ、彼女は少し逡巡した後「かしこまり、ました。それでは、今日は、お言葉に甘えさせていただきます」こう続いて「お気づかい、ありがとうございます」
 きちんと、頭を下げた。

「ああ。じゃあ、また後でね」

 微笑んで、部屋を出たココは丁寧過ぎる少女の物腰に違和感を覚えた。キッチンスペースへと続く廊下を歩きながら、頭を掻く。
 子供ってもっとこう、騒いだり、はしゃいだり、姦しいものじゃなかったかな。特にあのくらいの女の子って、随分とませてて、占いのお客さんがたまに連れてくる子供とかけっこう懐いてくれたりして。まあ毒があるから離れてって言っているのに、そんなの気にしなくていいよ! 大丈夫だよ! なんて頓珍漢を言われた時は思わず、そういうことじゃないんだよ。と、苦笑してしまったけれど……。ある程度扱いやすいと、ココは内心思っていた。それだけに、少女がココに対して取る距離感は彼の目には不思議に映った。
 クラルだからな。と、結論づけてしまえばそれ迄だが、それにしたって人に対して一歩引きすぎている気がする。寧ろクラルだと思うと悲しい。長い年月をかけてやっと縮まった2人の距離が振り出し以前に飛ばされてしまった気分を感じていた。まあ、それでも……。

「元に戻る迄の、辛抱だな」

 起こってしまったことを嘆いたところで仕方がない。今は問題がこれ以上平衡を辿らないように、早く収束するように勤めることが先決だ。



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