A man meets a Lady | ナノ



 美食屋四天王、ココ。容姿端麗で頭脳明晰。紳士的な物腰だが人と深く関わろうとしない、ミザントロープ。

 それは世に流通している彼のデータだ。概ねが賛辞の言葉で飾られてはいるがけれどそこには、決して肩を並べられる事が無い、ごく、一部の人しか知り得ない事実が有る。

 −−彼はIGOの管轄時代、美食屋として必要な毒物へのありとあらゆる抗体の保持を急ぎ過ぎた故にその際、充分な期間を置かずに摂取した血清が体内で化学変化を起こし……毒物を精製する『毒人間』となった。ホモサピエンスとしての種を超越したその歓迎し難い進化は生来の免疫力の高さを過信した結果だった。

 これは彼を育成していたIGO内であっても限られた人しか知らない、一般には決して広まらないココの、皮肉なアイデンティティだ。きっと裏社会の人間だって知らないだろう。先日のハントで偶然それを知ってしまった小松にさえ、直ぐに上から戒口令が強いられた位の、完全体勢の機密事項なのだ。
 食の時代に貢献する『四天王』のゴシップはひとりでも対処に追われる程なのだから仕方ない事なのかもしれない。


『僕に触らないで!』


 街で彼を取り囲んだ女性達に向けて、あの日ココはそう叫んだ。
 無知ならば、初なのか。とか、人にべたべたされるのが嫌いなのか。とか、思うだろうがそれは、優しさから出た願いなのだと彼の体質を知った時、小松は思った。

 そしてそんな事情を洞窟の中で目の当たりにした直後、先を進むココの後を追いながらトリコが言っていた。ココは毒人間になってから、彼なりに嫌な思いを沢山してきたと。多くの研究員に追い掛けられ、一時は第一種危険生物として隔離されそうにもなった、と。
 どれもこれも小松には縁遠く想像に絶し難い話だった。危険視され、追いかけ回されるなんて……考えただけで人間不信に陥りそうになる。思わず、唇を噛んだ。

 けれどそんな日々の終止符に彼が選んだ道はでも、憎しみに捕らわれてしまった末の自暴自棄ではなくて自分に出来る精一杯を考え抜いた他者への貢献でそして、碌に力も持たない身で危険区域に好奇心ひとつで飛び出す等自殺志願者だと一笑に付されても仕方ない小松への繊細な気遣いで……。
 小松は行き着いた崖先で細くとも頑丈なロープを使い先が全く見えない暗闇を降下すると言われた時に、迷う事無くココの背中を選んだ。
 それは後を追った背中が余りにも儚気で、まるで口数少ない麗人の代わりに、分かっただろ? 怖かっただろ? いいさ。それは僕が一番良く知っているから。君の感覚は間違ってなんかないよ。と、慣れ親しんだ拒絶の享受を語られた様な見えてしまったから、そんな事はない。僕は平気です。と口にする代わりにそれを態度で示したかったのだ。
勿論、弾き返される覚悟だった。

 触らないで! と声高に言う位だから、脊髄反射で振り払われる心構えを小松はしていた。

 だって自分は、トリコと違うのだ。

 劇物に対する耐性なんて無い。血清だって持っていない。免疫力だって隣でインフルエンザに係った仲間が居たら恐らく簡単に伝染ってしまうそんな一般均なものだ。
 きっと、突き放される。でも、何度でも立ち向かってやる。そんな気持ちでココの背中から肩にしがみついた。
 ココは体を跳ね上げて、驚いた顔を見せた。あ、拒絶される。小松はその時はそう、確信した。

 けれどそんな小松の確信に反してココは、あっさりとその背中を許した。いや、一応は忠告された。僕は毒が…! と狼狽されたから、数時間前に自分に向かって放たれた慣用句を返した。そしてさらにしがみついたら、それだけで済んでしまった。後はもう、じゃあ、確り捕まっていてくれよ。と、笑まれた。
 あの時は受け入れられた事がただ純粋に嬉しくて明るく返事をしたが、心の何処かに拍子抜けした思いと、肩透かしな違和感を感じた。あれ、人を避けているにしてはなんか……扱いと言うか、触られ慣れてる? けれどそれと確り向き合う前に連続して起こったアクシデントに今日迄忘れていたけど。

 そんな、大きな烏への言葉。そして何より、言葉より臆病では無い、小松への対応。
 あの時に感じた形の無かった違和感が今日、用意されたパズルのピースを嵌めた様にかちんとそこに納まる。

 ああ。だからかあ。なんて、小松は納得した。
 だって目の前のココは、ブラウスに納められたクラルの丸い肩を、素手で包んでいるのだ。ちょっと前には唇をその薄い皮膚に寄せたりもしていた。何の気遣いも要らない、ロータリーで戯れ合う恋人達の様に。

 不意に、小松胸の奥からむずむずとした思いが沸き上がった。

「それじゃあ小松君、僕等はこれで…小松君?」
「ココさん!」
「な、なんだい?」

 気付いたらココとクラルは奥のシャトルホールに居た。横に居た筈のマネージャーが二人の奥で二人の為に、呼び込んだボックスの扉を押さえている。
 三人が三人。突然陽気な声でココの名前を呼んだ小松に目を見張っていた。ただココだけはそれよりも見遣った先の小松が、矢鱈良い顔で笑みだし事に一瞬名前を呼び返したのだけど。
 小松はそんな三人に全く意も介さずに、相好を崩したままココへと近付く。

「小松…君?」

 一瞬ココがたじろいだが気にしない。目と鼻の距離まで歩み出るときらきらの瞳を隠すことはせずに彼を見上げる。
 全く持って、水臭い。こんな晴れやかな事を今日迄秘密にしていたなんて。…まあ、女性を危険区域に連れて行ける訳も無いし何より自分はあの日に初めて会った他人だから、そんないきなり恋人の話なんて普通話題に上らせないだろうし…水臭いというのはちょっと違うのかもしれないけれど。でも…小松は何だかにやけてしまう。水臭いですよ、もう。

 そんな当事者のひとりでもあるクラルはその腕の中で小松を見つめたまま不思議そうに(でも、小松につられてかちょっと笑って)首を傾げている。
 ふ。と、小松はその大きなどんぐり目にクラルを捉えた時、ある事に気付いた。あ。そう言えばこの人は…。

「…あの、クラルさん」
「はい。何でしょうか?」

 小松の呼び掛けに、クラルは自然に言葉を促す。

「貴方はココさんの事を、」

 言いかけて咄嗟に、小松は口を覆った。

「…小松さん?」

 ……しまった。
 いぶかしむクラルの前で小松は狼狽えた。今、とんでもない事を聞きかけた。この場では余りに失礼とも言える事を、口走りかけた。(貴方はココさんの事を何処迄知っているんですか?)小松は、クラルにそう、聞きかけた。
 だってあれは最重要機密だ。一見しただけでも一般人だとカテゴライズ出来てしまう彼女は…何処まで知っているのか。

 クラルを見上げているから必然的にその視界にはココが写る。ココの表情が、僅かに変化した。眉根に少し悲し気な皺が寄る。小松の胸がちくんと痛む。
 ココさんは、彼女さんを大切にしている。もしかしたら、その、隠していたい事だったりするのかな……。それはそれでどうなんだろう、と、首を傾げたくなってしまうけれどよく考えたら小松もそれを知ったのは申告ではなく、必要に駆られてだった。そして教えてくれたのはココでなく、トリコだった。
 しまった。後悔先に立たずとは正にこの事だ。小松は青くなった。こんな事は野暮より、鈍感過ぎる。

 ココは直ぐに、小松がクラルに尋ねようとしている事が分かった。ああ。きっと、あの事だ。彼は小松が自分とクラルとを視界に納めた後、突然はっとした表情に変わったその変化を見抜けない様な鈍感な男ではない。
クラルの肩を包む手の力が、僅かに抜ける。

 クラルはただ、小松と視線を交じり合わせたまま目を瞬かせた。投げられた言葉は淀んだまま後に続かないのだと雰囲気で察すると、その視線をココに移す。斜め下から仰いだその顔には少し、苦渋を滲ませて居るのが見て取れた。と、肩先に違和感を感じて、思い至った。
 暫く思案すると再び小松に向き直り、柔らかく笑う。

「はい」

 段々と狼狽色を濃くして来た小松に語る。

「私はココさんの事、大好きですよ」

 僅かにアルコールに熱せられてふわふわと笑う声が、言葉を受けて息を飲んだ小松と、突然の告白に目を見開いたココの間で揺れた。

 そうしてその揺れをほんの少し抑えると、代わりに凛と深いオリエンタルの瞳が

「小松さん。」
「あ、はい。」
「それとこれは秘密なのですが…。」

 そっと小松に向かったクラルは内緒話をする様に顔を寄せる。

「私は、……彼の全てをね、愛しています。彼の今は勿論、過去も。何もかも、全てを。全部」

 少し砕けたその声は、曇りの無い音だった。

「なんて。少し、気障でしょうか?」

 途端に居住まいを正し先のおどけた雰囲気を払拭してしまいそうに照れ笑う表情迄も、透き通って見えた。

「クラル…君、」
「いやだココさん聞こえない振りをなさっていて下さい。私、大分酔ってしまったみたいですから」
「…はは、それ、どう言う意味だい?」
「ココさんの忠告を、もっと早くに聞いておけば良かったです。こんな事を初めてお会いした方に言ってしまうなんて…もう、貴方みたい。恥ずかしい」
「…僕みたいって、酷いな」

 ココは自身を仰ぐクラルの額にその頬を寄せて、目を細めた。
 言葉とは裏腹に微笑む目尻は僅かに赤く滲んでいる。ふふふと、吐息を零して笑うクラルの肩を強く抱き込みこめかみに、彼はキスをした。
 そして彼女の耳にその唇を寄せて短く、何かを囁く。クラルはくすぐったそうに笑いながら身を捩ったけれど直ぐに背伸びをしつつココの袖を引いて、彼がちょっと体を傾けてやっと近くなった耳元に手を当て、何かを囁き返した。
 そしてとてもとても、幸せそうに笑う。

 小松はただ目の前で、今降りた幸福に照れ合うふたりを眺めた。


















「なーんか。ごちそうさまって感じでしたね。」

 深く折っていた腰を上げた途端、マネージャーが閉じたシャトルのドアを眺めたまま小松に喋りかけた。小松は短く、返事を返す。

「最後なんてもう、完全にノロケで…部屋でやってくれって感じでしょ」
「うん…」
「ああ言うのを、バカップルって言うんでしょうね」
「…そう、だね」
「…小松シェフ?」

 マネージャーが訝しんで小松を呼んだ。どうしたんですか?ぼんやりとして…ははあ、もしかして、お二人を見ていて羨ましくなったんですか?まあ、シェフは友人ってだけあってか。大分と当てられてましたからね。でも私、シェフにはああなってほしくないですよ。だって、似合いませんから。からからと笑う。歯に衣着せない物言いに、小松は、えー。なんて溢して苦笑した。
 けれどどれもこれも自分の中には入って来ない。鼓膜に薄い膜が張っているように、自分の声さえもぼやんとして遠く、すべてが蚊帳の外だ。

 目の前には清掃婦の手によって手垢一つなく磨き上げられた真鍮色のドアが有る。ついさっきココ達が乗り込んで行ったロビー直通のシャトル。客室へは一旦そこで降りて機を変えなくてはいけない。
 でもそれまでは中の二人を邪魔する様な人も障害も何も、何も無いのだ。

 彼等を思い起こす。
 幸福に体を寄せ照れて笑い合う一対の恋人達。

 事情を知らない人が見たら当てられたと辟易するのだろう。でも、全てを知っていたならそれは、どんな光景よりも目を細めたくなる特別な情景だ。ココの内心を慮れば計るだけ、まざまざと。

 ふと、小松は思った。

 もしかしたら、自分の些細な同情心なんて彼にはあっさりと見抜かれていたのかもしれない。

 だからそんな感情は不要だと証明させる為に今日、彼女を此処に連れてきたのかもしれない。スーシェフが言っていた。(男が友人の店に彼女を連れて来るのは…)自慢、したかったのだ。自分に、あのワイン好きの彼女を。
 そして自身はそんな、小松が見識した事情通りの不幸な男じゃないと。守るべき存在の重さとその責務を全う出来るだけの器を持った男なのだと、何よりもその存在が居る事を…知って欲しくも有ったのだ。

 まあ全てただの憶測だけれどでも、もしそうだとしたら…なんて彼は意地っ張りで、独占欲の強い人なんだろう。
 ココさんと付き合う女性−−クラルさん、きっと色々大変なんだろうなあ。

 小松は、小さく笑った。










A MAN meets A LADY




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Next pease has massage about it story.
Thank you.


mae tugi



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