A man meets a Lady | ナノ



 小松はそれを聞いて、妙に納得した。ああ、だからかあ。なんて少し離れた料理カウンターから泡を食ったままフロアの報告をしに来たチーフに生返事をする。フライパンに赤ワインを注ぎ落としフランベしたラム肉を暫く蒸した 後、ターナーで掬い丁寧に皿に寄せる。

「へーって。小松シェフは知ってらしたんですか!?」
「ううん。始めて聞いたよ」

 その返事は凡そ、そうだったのかとは納得し難い言い方だった。
 当然、話題を持ち掛けたチーフの眉間には皺が寄り、何とも不服そうな表情になったが料理の盛りつけに集中している小松は気付かない。
 こっくりと深いルビー色のソースをスプーンで回しかけてベビーリーフを乗せ、スーシェフから回ってきた温野菜を添えて最後に綺麗なダスターで余分なソースを丁寧にぬぐい去りそこで、やっとチーフに向かって顔を上げた。

「じゃあこれ。ルーム2へお願いね」

 予想通りの反応を貰えなかった事に不満げなチーフは渋々と言った様子で受け取ったが、彼は一歩フロアに出れば忽ちトップギャルソンに早変わりする事が分かっている小松は何も言わず笑顔で彼を見送る。

「それにしても…」

 けれど厨房に戻る手前で、彼はぴかぴかに磨かれたステンレスのカウンターから身を乗り出した。
 今日日の平均女性程の身長さえも危うい背丈の小松は目一杯体を乗り出さなければ反対側の様子は伺えないが、そうやって頑張った先の食器を下げる機械の前ではフロアレディが二人、互いを慰め合っているのが見えた。
 ティッシュを握っている所を見るとやはり泣いているのか。食器の音に混じって鼻を啜る音がまだ聞こえて来たからこの考察は強ち間違いではないかもしれない。

「……ココさんの、彼女さんか」

 小松は先週知り合った青年を脳裏に思い返し、呟いた。

「……やっぱ居たんだなあ…」

 グルメ時代と呼ばれている昨今。経済市場に迄多大な影響を与え、その時代背景から憧れる者は居ないと言われる、美食屋。それは国際グルメ機構(International Gourmet Organization)、通称IGOが定めた規定値から算出された捕獲レベルがハイランクの食材調達及び新種動植物の発見を生業としたハンター業だ。
 有名所ともなると子供達のみならず大人からもヒーロー視されるその中には、世間から敬意を込めて『四天王』と呼ばれている次世代トップクラスの4人がいる。
 小松は縁あって、その内の2人と最近知り合いになった。
 一人は食のカリスマとして名高い、トリコ。そしてもう一人が、今数室しかないプライベートルームの一室を貸し切りディナーを摂っているココ。ファンの間でココ様と呼ばれてる人物だ。
 そう、『ココ様』。少々大仰な呼称だがこう呼ぶのは大半が女性である。

 それもこれも、全てはココが並々なら無い男性故だった。

 屈強で男臭い野蛮さが代名詞と成りつつある美食屋界のエースハンターのそのひとりであるココ。彼は2mもの高身長と超回復を繰り返して筋肉が肥大、もとい鍛え上げられた100kgの体躯を持つ、正しく屈強との言葉が相応しい男で在るのだが並外れているのはその身体数値だけでなく、彼の容姿だ。
 鍛え抜かれた長身はヘラクレスの如き肉体美で人目を惹き付けるその容貌は漆黒に近く濃いブラックの髪に始まり、澄んだベージュの肌。そして彫りの深い顔立ちにその中で最も目を引く瞳はパールにオブディシアンを繊細に嵌め込んだごとく美しい。飾る目元も一重瞼でありながらも野暮ったさの無い冷俐な印象を与える切れ長の輪郭で、寧ろ一重だからこその色気と落ち着きを滲ませていた。今風に言えば、イケメンである。
 それに加えて彼はずっと昔に読んだインタビュアーの記事や、それこそトリコが揶揄した優男との言葉通り。かなりの好印象を与える紳士そのものだった。完全無欠、非の打ち所がないとびきりの美青年で性格良しの好青年でしかも独身、となれば女性達が色めかない訳が無い。

(……まあ、居ない方が不思議だよね…)

 ココは『四天王一の優男』と揶揄される以上に、女性ファンが老若問わず多い事でも有名であり、今互いに慰め合い過ぎてマネージャーに声を掛けられた女性達が正にその一端だった。

 小松は苦笑した。
 あー、捕まっちゃった。助け船を出す程でないにしろ、同情する。
 つい先日のハントの事を根掘り葉掘り聞いてきた剣幕と予約リストを見るなり女性陣の間でシフトの争奪戦が行われた事を思い起こせば、憧れの異性が女性同伴で、しかも勇敢なスタッフの問いには「ああ。僕の……大切な女性だよ」なんてすぱんと認められてしまってはショックも大きいだろう。
 彼女達はIGOお抱え高級レストランの料理長、小松でさえ本人に会う迄知らなかった情報−−美食屋ココは今一線を退き僻地の街で易者を営んでいる事−−をまるで当然の作法であるとばかりに把握していた位なのだ。知らないなんて有り得ないですよ! 常識です! とまで言い切っていた。『美形過ぎる占い師』として、『ココ』は有名らしい。(ただこれに関しては男女の差の様な気もするけど。)

 ……やっぱり、ココさんはモテるんだなあ。なんて、しみじみとする。
『美食屋ココ』はメディア所か仕事以外、滅多に人前には出たがらない社交嫌いとしても有名だったのだから…まさか既にパートナーが存在していたなんて、蒼天の霹靂とは正にこの事だ。

 それにしても……。ふと、小松は呟いた。

「どんな人なんだろ…」

 そうしてハントの時に出会ったエキゾチックな雰囲気を持ちながらも、紳士的な好青年を思い出す。
 ホールから戻ってきた彼等のショックはおかまい無しに、小松は彼に意中の存在が居た事を素直に受け入れた。

 それは勿論、蔑ろに出来ない事情が有るにせよあれほどの美丈夫のジェントルが27歳で一人身な訳ないだろうと言う推測もあったが小松の感得はもっと別の、彼から感じた違和感から。


『トリコは重いぞ』

 あの時。
 トリコと共に赴いたココの自宅へと向かう自分達を運んでくれる、体長8mにも及ぶ大烏、エンペラークロウに向けて彼はそう言った。

 麗人の家は喧騒は苦手だと言う態度に相応しく街道から大分離れた所か、土台となる土地が崖の向こうに少し湾曲して一本立ちをしている岩の上を利用した、奇妙な立地を利用して建てられていたからお邪魔するにはエンペラークロウの助けが必要だ。
 一見するだけで他人を突き放す拒絶が良く見えるゲルの様な形をした、丸い煉瓦造りの家。それにも拘らず、ココは何故か人を招き慣れていた。

 占いで君達が来る事は分かっていたんだ。と言われればあの日は感動のあまり素直に納得したが、それでも橋渡しの為に飛んでくれたエンペラークロウ…ココ曰く家族のキッスだと紹介された愛鳥は主人以外の客を乗せ慣れていたのと、彼が何気なくキッスの嘴を撫でながら言ったあの言葉。

 ……トリコさんは、重い

 小松は心の中で復唱した。
 確かにトリコと言う男は食のカリスマと揶揄される美食屋だけあって、ココより大柄で屈強で。その体躯には贅肉のぜの字もない程の筋肉質なのだから確かにココより重いだろう。

 当然初めは、キッスを気遣っての言葉だと思った。そんな大男が2人も乗っては幾ら大烏でも堪ったものではないし、トリコとココは旧知の間柄なのだから会えば冗談のひとつやふたつ位は言うだろうと、頭を降ってしまえばそれまでだが……視点を変えればその台詞はまるで、普段から第三者を乗せている事を暗に語っていたみたいじゃないか。
 だって小松に関しての意見は何も告げられなかった……今日日の、女性身長程の小松には。

 あれはトリコ程の人物は自分とセットで乗せた事は無いが、小松くらいの人なら乗せた事が有る。と、今ならそう捉える事が出来た。普段からその背一緒に乗る、比較の対象が居たのだと。
 そして何より…


 はい! 仕事に戻る! 無理なら休憩に行って来なさい! マネージャーの良く通る声に小松の方がはっとした。
 凛と厳しい言葉は仕事そっちのけで啜り泣く女性達に向けだったが何となく自分に対して言われた気がし、さっと厨房に戻る。あー吃驚した。と、跳ね上がった心臓の位置をコックコートの上から掌で抑えて息を吐き出すと、丁度先程小松が使っていた調理器具を洗っていたスーシェフと目が合い、苦笑された。

「有名すぎるのも善し悪しですねー」
「……そだね」

 誰の事だかは直ぐに分かった。
 間延した声に吊られた苦笑いで小松も答える。

「まあ、四天王だしね」
「ですね……あ、シェフはもう紹介されたんですか?」
「え? 誰を?」

 きょとんとした顔で聞き返したら、くりくり頭のスーシェフに溜息を吐かれた。

「誰って……四天王ココの、彼女さんですよ。」まったくもう、とばかりに彼はターナーを漱いでいた水を塞き止め「どんな方なんですか? やっぱりあの方に相応しい美人さんですか? モデルとか女優とか…グルメ貴族のお嬢様とか!」

 眼が、キラキラしていた。
 と言うかそんな著名人やセレブが相手ならば寧ろ女の方から関係が明るみに出るだろうし、フロアの動揺はもっと大きい筈なんじゃないか…小松はその瞳にたじろぎながらも答える。

「いやあ……未だ会った事無いんだよね。てか、今日連れて来る人がその人だって事も今さっき初めて知ったから」

 小松がそう言って回ってきたデザートの最終チェックに入るとその背後でスーシェフが意外だと声をあげた。そんなに驚く事かなあ…なんて小松は首を傾げる。
 だって知り合いになれただけでなく、会えて良かった。今度店に行くね。と言ってもらえてそれが直ぐに実行されたと言っても向こうが自分をどう見ているのかは分からないし、この行動は全て…一度死にかけた自分への罪滅ぼしなのかもしれない。短い時間だったがココの性格を思い返せば有り得る気がする。

 けれど内情を知らないスーシェフはだったら早く挨拶に行った方が良いですよ。と小松を囃し立てた。帰る前なんて言わずに、寧ろデザートサーブはしに行った方が良いですと迄進めた。

 勿論知人の来店と有れば挨拶には赴くが、小松にはどうしてそんなに急かされるのか分からない。そりゃあどんな女性をパートナーにしているのか気になるけど、デートなんてプライベートでしかも予約時にルーム代がチャージされるそれこそ文字通りのプライベートルームを指定しただけでなく、今季のフルコースメニューの確認の後には相手方の嗜好を小松に伝え、更にココはアルコールが苦手だと言って居たにも関わらず、ソムリエにコース其々の料理に合ったワインを用意して欲しいとまで頼んできたのだ。
 予算はこの位でさ。とカジュアルに言っていたがそれは、全て5大シャトーのグレートヴィンテージにも出来兼ねない金額で、もしかして何か特別な日なのだろうかと尋ねた小松にただココは

『いいや。一緒に行く…相手が、ワイン好きなんだ』

 受話器越しに苦笑した。
 その時の彼は"彼女"との単語を意図的に避けていた。それは気まずいと言うより事前に知られて騒がれたく無い、つまり本当に特別な相手なのではないか。

 いくら好奇心が旺盛過ぎると自負している小松であっても流石にこれならば遠慮する。自分はきっと雰囲気を壊してしまうから…余り出しゃばるべきではないのだ。

 けれどスーシェフは本当にシェフは分かってないなあという声で小松に言った。

「ココ様は、シェフに彼女さんを自慢しに来たんですよ」
「……へ?」

 間抜け声で振り返った先の彼に肩を落とされる。声に相応しい顔迄された。

「……男が友人の店に女連れて来るなんて、それしか無いじゃないですか」

 頭の中が一瞬真っ白になった。

 そんな小松の前でスーシェフは、眉目秀麗な四天王ココでも、そんな男臭い一面があるんですねえ……と。まあどちらにせよ彼女を連れてきたって事はそう言う事ですから行った方がいいですって! なんて自信満々に語る。

 小松はただ虚を突かれてぽかんとした。彼に、その発想は無かった。






mae tugi



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