勘違いして
ねぇ、5ドルのキャラメルポップコーンで指先を汚していた私。そうでしょ?何にも知らなかったおませなガール。全部全部自分で切り開けるって思い込んでいた女の子。
授かったものは永遠だって、キャラメルの甘さを舌に、膨らんだコーンを歯で噛み砕いて、退屈なアクションムービーをそれでも眺めていたのは、苦難の末に誓った愛は永遠なんだって信じたかったからでしょ。神様に祝福された愛は変わらないって、思いたかったのよね。
パパとママが見事に嘘に変えてくれちゃった憧れは、それそこがフェイクなんだって。
バースデイ・パーティーの余韻以外にも、避けて通れない事があるって認めたく無かったから甘い甘いキャラメルで、しょっぱさを紛らわせていたのよね。ハッピーなホームドラマも、グッドエンドのアクションも、スクリーン越しだから成立するって、学ぶしか無かった私は。
でも、今この目の前の光景を見て。
憧れのロマンスムービーの世界みたいじゃない?避けて通ったなら絶対に手に入らなかった幸せを二人が証明してくれてる。
「もう良いではありませんか」
「いや、でも、クラル…」
「私はどうあれ、貴方が……また、私と一緒にいて下さる。それだけで充分です」
「クラル……」
「らよ。クラルはんなこまけー事気にしねーってよ」
「お前…」
「気にしないとは申していませんよ?」
苦難に屈しなかった行動の先の幸福を。ハッピーエンドの光景を。
あ。これが、素直に愛を伝える事の素晴らしさってやつなのかしら。
…確かに教えなさいよとは言ったけど、まさかこんな形で教えてくれるなんて思ってなかったわよ。(ま、それはきっと、クラルも一緒ね。)
「サニー」
「あ?」
それにしたって、そこ迄して貰って眺めているだけじゃいけないわよね。ポップコーンは置かなきゃいけないの。ついでに指先も拭って。大切だから。
「あんたって、ホント馬鹿ね」
「んだよ」
私はベッドの柵に引っ掛けてたクラッチを指先でピックアップするとヒール鳴らして、「…マリア?」裸足でタイルと仲良くやってるクラルの横を抜ける。
「ほら、行くわよ」
そうしてね、サニーの袖を引っ張るの。
もう分かったでしょ。
「は?」
「リン。わざわざ休み時間返上して来てくれるのよ。迎えに行ってあげましょ」
「はぁ?」
サニーは思いっきり眉を顰めた。
…はぁ?ってこいつ。何よ。私が袖引いてるの、リンの為だけとか思ってないわよね。…こんなこと言わす気?
「あんたねぇ…朝からずっと私達居ずっぱりなのよ。ココだってまた、不満溜るに決まってるじゃない」
「…あ、」
全く。一番気が利かないのはこいつだわ。
「もう。少しくらい気を遣ってあげるのが、美しい男の在り方じゃない?」
「しかに」
横から「マリア!?」とか、「な!?」とか聞こえて来たけど関係ないわ。
寧ろ同じ反応見せてくれちゃってあらあら、仲がお宜しくて、嫌になっちゃう。
てゆーか、な!?とか言っときながら、内心私の事Good job!とか思ってるんでしょ。この毒男。その証拠に「な、何を言い出すのマリア!?」って狼狽しているクラルの「そんな、事…」ってココに向かって投げた言葉やお伺いの視線に「ああ。そんな、僕は…」あんた思いっきり言い淀んでんじゃないのよ。クラルも気付いたわよ。あーあ、もう真っ赤になっちゃって。…でも、まんざらでも無いって顔ね。この子も……隠す位はしなさいよ。
なによこれ。私達、このままリン連れて退場しちゃった方が良いのかし「…マリア、」…ら。
「何?」
「その、リンちゃんと、合流して、またこちらにいらっしゃる時は…」
クラルは、あーとか、うーとか唸りながら真っ赤なほっぺを両手て突っぱねてそして「その、」きゅっと結んだ唇でゆっくりと言った。
「連絡して、頂けます?」
あんたね。その一言言うだけでどんだけ動揺してんのよ。もう。可笑しいったら。
「オーライ」
私は片手をひらひらさせて、サニーの袖を引いて開けっ放しのドアから廊下へ歩き出したの。「ほら、行くわよ」ハヴァ・ナイス・ライフ。なんてね。
別れの挨拶には早過ぎるけどあんたの人生が素晴らしいものである様に願う位は、良いわよね。
・
・
・
「あ」
「ん?」
「いやだ。私ってばクラルの検査結果聞きそびれたわ」
あれからサニーの袖引いて辿り着いたエレベーターホール。サイドに位置してる、天井から足元迄ある硝子窓に切り取られたオーシャンビューを尻目にタッチパネルを押したらボックスより早く、肝心な事が頭に入って来たわ。
もう大丈夫よね。なんて思っていたけど、あの子ってば確か折れた肋骨で、中も傷付いてたんじゃないかしら。促進剤に元々のギフトの御陰か元気だったけれど…。
「あー…。も、良いってよ。午後の回診でも何も無かったら、明日には帰れるんだと。後は一ヶ月の自宅療養で充分みてー。検査もオールクリアだったからな」
私の呟きに、たけーな。なんて言いながら外を眺めていたサニーがあっけらかんと答えた。
「…なんで知ってんのよ」
「いつの後ろで聞いてた」
あ。そっか。あの時こいつもついでに連れて行って貰ったのよね。にしても一緒に居たのねこいつら。…サニーって、なんだかんだ言いながらもココの事好きよね。
そう言えば私初め、リンに違うって言われる迄ココは二人のお兄ちゃんだと思っていたっけ。だってリンとココって髪の色一緒だし、サニーに至ってはあいつの前だと出来るお兄ちゃん妬む、弟みたいなるんだもの。
「…ま、それなら良いわ。良かった、後遺症とか無くて」
こんな事言ったら、またぎゃんぎゃん五月蝿くなるから言わないけど。て。ちょっと待って。…自宅療養?
「ちょっとサニー。自宅療養って、あの子寮じゃない」
「ココが連れて帰るみたいな事言ってたぞ。いつ、そこらのドクターよか知識有るしな」
うわ。あの男…。昨日の今日でよくもまぁ…。
「…でもそれ、クラルは知ってるの?」
「今話してるんじゃね。なんかすげ緊張してたけどよ。プロポーズすんじゃねーかってくらい」
プロポーズ……って。ちょっと。
「止めてサニー。なんかそれ笑えないわ」
「…わり。言ってから俺もねーわって思った」
「言う前に思ってよ。…ちょっと想像しちゃったじゃない」
そのまま私は前髪を掻き揚げて小さく溜息を吐いた。全く、もう。
上に嵌め込まれてるパネルを眺める。コンスタンスにパネルに映る数字は私達なんてお構いなしに減っていく。擦れ違いで一度下に降りていったからかしら。
これ時間掛かるわね。
「でもよ、」
ふと、サニーが口を開いた。「何?」視線を移すと絶景の手前であいつは硝子窓に背中を預けて視線は外に移したまま、長い足をクロスさせると言葉だけを私に投げかけて来た。
「…いつはよ、多分もう、その気なんじゃね」
インディゴブルーのストレートデニムが、嫌味な位綺麗な脚の形を際立たせてる。カラフルな長い髪は今日は耳の後ろから綺麗な三つ編みに編まれてて、デニムのポケットに突っ込まれた手の辺りで揺れていた。
Vネックのニット、襟や袖、裾から覗く真っ白なシャツ。どっかの学生みたいなコーディネートの癖に手首や腰、鎖骨で揺れてるシルバーアクセや崩し方が野暮ったさを払拭して。それ所か、背後のオーシャンビューと合わせて一枚絵みたいよ。
…こいつ、普段美しさがどーこ言ってるだけあってやっぱ、自分の魅せ方分かってるのね。
いやになっちゃう。
「…その気って?」
私は平静を装ってただそれだけ聞き返した。
そうしてね。ぼんやりと外の景色から反らされないサファイアブルーの瞳を持った、綺麗な横顔を眺める。
「今直ぐじゃないにしろ、ココはクラル娶る気だろって事だし。いつが、んなに女にのめり込むのこの先ねーだろうしな」
「…そうね」
ココの事はよく分からないけれど、あんたが言うならそうなのかしら。
私は適当に相槌を返して視線を前に戻した。無関心な声とは正反対に心臓が煩かった。
無機質な白が、シルバーに縁取られて扉の形をしてる。追い影がそこに映りそうで、私は少し長い瞬きをした。
「まぁ…あいつ今年で27…8だったかしら?地位も確りしてるし、レディーファーストもお手の物。性格も…考え込みすぎなきゃ申し分無いものね。相手としてなら充分過ぎるくらいじゃないかしら」
「……そ、思うか?」
「ええ」
私はまた適当に相槌。意識をちょっと切り替える。
そうよ。クラルの事を考えたら最高の結末じゃない?神様もきっと、あの二人にぴったりな最高のレシピをお持ちよ。今回の事だって良いスパイス位なんでしょうね。
それにしたってね。私から振っといてなんだけど。
(…どうしてここに来て迄、あのふたりの話しなくちゃいけないのよ。)
上を見上げて溜息。視線の先のパネルはやっと数字を積み始めた。でもそんな事私にとってはちっとも重要じゃないの。
だってね。ときめいてるだけじゃ駄目よ。貴方は、何か言わなきゃいけないのよ。ねぇマリア。逃したタイミングは作らなきゃ。幸いこのホールには私達二人だけじゃない。言って、伝える準備をしなきゃ。その為にサニーの袖引いたんじゃない。ほら、あいつの方を向いて。言葉はそうね、ねぇサニー。あの事なんだけど。よ。
どんなにあいつかクールに見えたって、居心地の良さに流されたって、避けて通っちゃいけないの。だから行くわよ。ワン、ツー…
「ねぇサ、」
「っぱりよ。前…まだココが好きなのかよ」
「は?」
私があいつに向き合うのと同じくらいに、サニーが外に視線を向けたまま言った。てゆーか、
「サニー?なによいきなり…」
今、気づいちゃった。
あいつ…外見てないわ。
今ばっちり、ガラス窓越しに目が合っちゃったもの。って、いつから?って、あ。ヤベって顔して反らした。
ちょっと待ってよ!ねぇ!何よそれ!
私まで照れるでしょ!!
てゆーかそれ、いつの話よ!?
prev next