種を蒔く人


クラルと言えば原因の話よ。

ちょっと前のランチ時にココが、クラルの飲み物を買いにカフェスタンドへ行って来るって出て行ったからさり気なく後を追って、エレベーター内で聞き出した話はまた私を呆れさせたわ。
仲直りの過程?そんなの目の前でまたバカップルぶりを見せ付けられたらね、どーでもいいわよ。関心事は原因だけだったの。

……だって、私の事が発端だったら、クラルに申し訳ないもの。ココはクラル泣かせたからチャラって事で、そんな事微塵も思ってやんないけどね。……クラッチで殴っちゃった事は、謝ったけど。

それにしたって、カプチーノ片手に開いたボックスの中身はある意味予想通りで、でも想像以上にチープ過ぎて本当に呆れちゃった。
嫉妬にしたってよ、あれは無しでしょ。ココはロイヤルミルクティーとエスプレッソ。それにサンドウィッチやベーグルと言ったちょっとした私達の軽食やボトル飲料を詰めた紙袋を両手に小難しい事言ってたけど、要約したら、クラルから届いたメールであの子の心が、サニーに傾いたんじゃないかなんてね。誇大解釈にしたってどんだけ余裕無かったのよ。自分で心労作ってたら世話無いわよ。

クラルが(何があってかはさておき)サニー褒めてたくらいで……でも、あれから食事の合間にクラルから見せてもらったメールは私でも眉顰めちゃうくらいだったから…ちょっともやっとはしちゃったけど。



「でもあれはよ、」


だからってココの肩持つ訳じゃないけど


「あれは、クラルだって悪いと思うわ」
「本当ですよね」


本当ですよねって。あんた、くすくす笑って良い事じゃないわよ。「あの様な意味では微塵も無かったのだけれど…確かに落ち込んでいらっしゃたなら不適切でした。どおりでお返事が無いはずです」です。じゃ無いわよ。です。じゃ。


「あんた、あんなにぼろぼろ泣いてたくせに良く他人事みたいに言えるわね」
「他人事なんて」


クラルは私の嫌味に、あらまぁって。心外とばかりに肩を竦めた。


「ただ、もう過ぎた事なので。心に留めこそすれ、気にするのは可笑しいでしょう」


…プラスに納まったとは言え、切り換え早いわよ。


「なにより、私がずっと気にしていたらあの方の事です。また不要な心配を背負わせてしまうかも。それはお互い、心臓に良く無いわ」


クラルは苦笑しながら胸に手を当てて戯けてみせた。「痛い思いは、もう沢山」冗談を口にする。


「そうゆうものかしら」
「そう言うものですよ」


それから、少しだけ真面目な顔になって、「私達は、ね」大人びて笑った。

私は、少しどきっとした。

ちょっと、この子ってこんな表情出来る子だった?そりゃ、年の割には大人っぽい印象を持たれやすい子だけれど、それでも「ね?マリア」って言うクラルは、私の全く知らない、レディだったの。お上品なだけじゃない、色香をもった、シィニョリータ。

当然だけどこの子と十数年一緒に居て、こんな姿を見たのは初めてよ。
ロマンスの力だったとしても、今迄この子に言い寄ってたボーイフレンド希望のガイズだってきっと、こんな顔見た事も、させる事も出来ないんじゃないかしら。だってステディより長い時間一緒に居てファッションにメイクアップ、ロマンス映画の見方を教えた私でさえ、こんな顔を引き出す事なんて出来なかったんだもの。


「そうね」


私は、流れてきた髪を耳にかけて、小さく笑った。
ほんのちょっとの、疎外感。だって信じられないわ。気付いているかどうかなんて知らないけどね、ずうっと信仰が恋人で、いつか結婚迄しちゃうんじゃないかしらって思っていたこの子の方が、先に女の顔する様になっちゃうなんて。


「マリア?」
「なに?」
「どうしたの?にやにやなさって」
「別に」


もうホントにあの男、嫌になっちゃうわ。
私のクラルをこんなに変えてくれちゃって。


「あのクラルが、こーんなしたたかな女になっちゃうなんてって思っただけよ。私、そんな事迄教えたかしら」
「マリア……」
「でも、信仰なんて大衆の愛より唯ひとりの男の愛に生きてる、今のあんたも結構好きよ」


おかげで、私もうかうかしてらんないじゃない。
置いてきぼりは、ちょっと癪なのよ。

クラルはもう一度、「…マリア」って私の名前を呼んでくれた。そしてさっきと打って変わった。いつかの、真っ白な制服を着た少女みたいな無邪気な笑顔を見せてくれたの。

私が良く知ってる、クラル・ノースドリッジ。


「ありがとう。マリア」
「何よ突然。」
「嬉しいの。マリアに認めて頂いた事が、何より嬉しいの。」
「ちょっと。大袈裟よ」
「そんな事ありません。誰だって、憧れている方に認めて頂けるのは、嬉しいでしょう」


突然の告白に、私は目をぱちくりさせた。ちょっといきなり…なによ。もう。


「はっずかしい子。ばっかじゃないの」
「本当の事よ」
「初めて聞いたわよ」
「初めて口に出しましたので」
「それにしたって。私とあんた。全然似て無いじゃない。服の趣味も、遊び方も」
「それはそうよ。模倣だけが憧れの証明では無いもの。…マリアなら、良く、ご存知のはずでしょう」
「…なによ。もう。」


でも笑っちゃう。
だってこの子は、きっとずっとこのままなのよね。何があっても、成長しちゃっても、根本はベッドの柵をノックしてくれた女の子って事なのね。

だってこの子はずっと、記憶と体の中に居る誰もが目を背けて仕舞いたくなる小さな自分を大切にしているんだもの。
切り離さず、慈しんでそして、一緒に歩いているんだわ。あの、大人びた発音で、大人みたいに振る舞う、幼いの女の子の手を取って離す事なんてしないから、愛しているからこそ、こんなにも真っ直ぐに人を見れる。他人を、愛する事が出来るのよ。


それじゃあ私は?決まってるわ。

わたしは、'マリアさま'だもの。
みんなのマリアさまよ。あの子みたく小さな私と一緒に歩く事はまだ出来ないけれど、それでもこれだけは胸を張って言えるの。

あんたの居ない、人生なんてつまらないわ。ってね。


背後からノックの音が二回。こんこんって、室内に響いた。「もういいかな?」って、ココの声にクラルが「はい。」って、そのまま裸足の足で私の横を通り抜けて、ココの為にドアをスライドさせる。
通り過ぎた風の名残とあの子の残り香に、ちょっぴり寂しさを感じてしまったけれど、そうね。もう私達は、私達しか知らない、女の子じゃないのよね。

あの時私と繋いだ手は、もう私じゃなくてココの手を握るんだから。


「お帰りなさい」
「やあクラル。ただいま。うん、さっぱりしたね」
「マリアの御陰です」


だってやっぱり、あの子のあんな顔は私ちっとも知らないんだもの。


「どっかの誰かさんが気付かないから、私が変わりにしただけよ。ほーんと、男ってそう言う所気が利かないんだから」


そう言ったその先の、クラルとココは苦笑していた。お互いがお互いの体を寄り添わせて、仲睦まじいってきっと、こう言う事を言うんじゃないかしらってね。嫌になっちゃうわ。
ちょっっぴり、羨ましいなんて思っちゃう。


「まえ、いっつも一言多いな」


うそ。ホントはかなり羨ましい。


「サニー…」
「サニーさん…」
「んだよ」
「いや…。お前も、大概素直じゃないがな」
「てめーに言われたかねーし。この人騒がせめ」


そりゃあね。レトロなグラマー、セクシーを纏ったブロンド美女の生き様には憧れるわよ。シャンパンとキャディラック、ハリウッドに生きているって言える素敵な、フェイムを掴んだ人生にね。それこそスクリーン越しのサクセスストーリーって素敵だわ。
でもやっぱり。今掴むならロックンロール混じりのシャイニー・リップ。ジェラルド・ジェンタのマグソニックをキメたカラフルなキャンディー・ボーイ。


「…人騒がせはお前もだろ」
「はっ。んだよ、俺があーしたから今の前らがあるんだし。感謝しろし」
「そこだけはな。そこだけはしてるさ。だが、もっとましな方法は無かったのか?あれは流石に…」
「に?かして期待させちまった?馬鹿じゃね?」
「サニー!!」
「つーかいつ迄引きずんだし。つくしくね」
「お前がとった行動も美しいとは言い難いと思うがな」
「ココさん…」


だって、私だってね。肩肘張らずに手を握っていられる存在が欲しいのよ。

もういい加減、お菓子以外の甘さを噛み締めたいの。




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