愛する者達


世の中には、避けて通れない事がある。なんて。映画のワンシーンで良く引用されるフレーズがあったわよね。つまりそれって、概ねは避けて通れることなのかしら。って、カーチェイスにガンアクションを派手にかますスクリーンをキャラメルポップコーン片手に欠伸かみ殺してティーンの私は思ったりしたわ。

だってそれって自分の事なのに受け身で居るって事でしょ。

流されて良いのは、バースディパーティーの余韻だけよ。なんてね。




「それでマリアは、今日決着を付けるのかしら」
「え?」
「サニーさん」


翌日。
ベッドサイドに腰掛けて衣服を整えるクラルに、ずっしりと濡れたタオルを手に、洗面器の中を満たす冷めたお湯を備え付けの洗面台に流して顔を向けた私は、何とも間抜けな声を出してしまったわ。


「ちょ。ちょっと!」


ついでに訳も無く辺りをきょろきょろ。後ろのドアを伺っちゃったわ。…居るはず無いと信じてるけど。だって、クラルの体を拭きたいのよって言って、今この部屋には私とクラルだけなんだもの。


「滅多な事、言わないで頂戴」


クラルはそんな私を見て、あらあら。って。パリッと糊がきいて清潔だけど何処か野暮ったい、スモーキーグリーンの着衣の袷を結んで笑ったわ。
昨日と同じ形した袖が短い治療用のそれは昨夜はシーツに隠れてたり突然だったりで気付かなかったけど、裾も短かった。すらりと床を捕えている、その足の膝小僧には大きなハイドロコロイドの絆創膏。
…この子は、意外に傷だらけだった。その割に傷跡が少ないのは、先天性の為せる技かしら。それともライフから繋がる、IGOの医療技術が為せる技かしら。

胸に巻かれていたクリーム色した包帯も、今は真っ白なガーゼに変わっちゃってるし。…前者かしらね。だって昨夜の時点で、この子歩いていたもの。


「私達みたいに、擦れ違っては駄目よ?」
「クラル、」


引き出した後ろ髪を手櫛で整えて、クラルは「なんて顔なさるの?」私を見て笑った。




昨夜はあの後、サニーがご丁寧にふたりをクラルの個室に押し込んで、私達はその場を離れた。
でも流石にサニーが、二人をぐいぐい押し入れちゃった時はちょっと!って思ったけど。クラル重傷人よ!って叫んじゃったけれど、野暮だろ。なんて言われたらね。黙るしか無かったわ。(それにしてもあれは、あいつなりに気を利かせたつもりなのかしら。ココが咄嗟に支えてくれてたものの、…まさかね)ま、どの道面会可能時間かなりオーバーしてて、バングルに警告表示されちゃったから私は出なきゃいけなかったんだけど。
どうあれ。私達が引っ掻き回すのはあそこ迄だったのよね。その先は、ふたりの問題だもの。それこそふたりに落ちた試練だわ。だから、退場に従ったの。結果は何となく…安心出来たのよね。女の勘で、もうクラルは泣かないわなんて思ったの。

だから私は舞台袖に引っ込んで、ベッドメイキングされたルームで休んで(あ、勿論私ひとりよ。変な想像しないで頂戴)朝、迎えに来てくれたサニーと軽い朝食を摂ってから医療棟に足を運んだのよ。会話は…ろくな話さえ出来なかったけど。

そんな私達が着いた時、クラルはベッドの上に上体を起こして本を読んでいた。
私達を見て、おはようございます。って笑ったわ。



そこに、ココの姿は無かった。



瞬間、私はさって血の気が引いたわ。無意識に辺りを見回したけどやっぱり姿が無くって(てゆーかあんな巨体、居たら直ぐ分かるもの。)クラルはそんな私達を見て小さく笑った。笑って、あいつは?って尋ねた私に言ったの。居ないって。私は、なんでよ。って吐き出しそうになった唇をぐっと結んだ。でもサニーは、マジかよ、って呟いた。

あの時のクラルはそんな私達を見てどう思ったのかしら。ただ静かに、こう言ったわ。『心配して下さってありがとう御座います。けれどもう、大丈夫ですから』すごく、優しい顔で。

私は居たたまれなくてクラルに近づいた。私の勘っていい加減だわなんて思ってカツカツ足早にクラルに近付いたの。
ハグは、まだ憚れたからその手を取ってね。クラルの二つの手を握って言ったのよ。『そうね、クラル。あんな男、別れて正解よ!あんな、ギークで、バスタードで、ファッキンチキン!』クラルは目を瞬かせた。真っ直ぐに私を見て、苦笑した。『そこ迄言います?』って。

ええ、言うわ言うわよ。寧ろ『足りないくらいよ!あのマザー・ファッカー!いつか地獄に堕ちれば良いわ!』きっと後ろからサニーに諌められるわねって思ったけれど、サニーは何も言わなかった。

変わりに、
『酷い言われようだな』
予想外の声が降って来たの。


私はクラルの声を聞く迄振り向けなかったわ。『ココさん』聞いたら聞いたで振り向いたけれど、もうすっごく驚いて『なんで居るのよ!?』大声で叫んだのよ。


あいつは、畜生って悪態吐きそうな位苦い顔してるサニーの手前で腰に手を当てたまま、飄々と笑って教えてくれたわ。『クラルの食器を片付けに行っていたんだ』言ってのけやがったわ。それどころか私達の所迄来て、ご丁寧にクラルの肩引き寄せてよ。『、手放しきれなかったよ。ごめんね』あっけらかんと言ってのけた。

…クラルが幸せそうに見えなかったらまたクラッチで殴ってやる所だったわ。
だって気障過ぎて鳥肌出るかと思ったもの。


それにしたって昨夜と同じ格好で同じ人のはずなのに。今朝見たココの印象は完璧にさっぱりしていたわ。それこそ見た目から。昨日、私が殴った痕跡も分からないくらいによ。
何より苦笑紛いで笑った顔は昨日のあれは幻だったのかしらって位クールだった。あれからどうなったのなんて、聞くのも憚れる程よ。見れば分かるでしょう、って感じ。…嫌になっちゃったわ。


でもね。
私も、勿論サニーもそんなんで黙っている性格じゃないの。とりあえず盛大に溜息を吐いてクラルに一言言ってやったわ。『紛らわしい!』ってね。

それが、まんまと一杯食わされた、今朝の話よ。





「…擦れ違いって、」


今は穏やかなお昼。さっきも言った様に、ここには私とクラルだけ。

サニーとココはご退室中。

て言うのも30分位前かしら。ココが朝にクラルが受けた検査の結果を聞いて来るって席を立ったから、じゃあ私クラルの体拭いてあげたいからついでにサニーも出て。そんで二人30分か1時間くらい帰って来ないで頂戴。
なんてお願いしたのが始まり。

…ココが、しまった。出し抜かれた。って顔してたけど、見なかった事にしておきましょ。大人しく出てってくれたし。

ま。それからはセンターから着替えにタオルとか貰ってきて、お湯に浸して絞ったタオルでクラルの背中に髪にと付着してた血だとか汚れやこびり付いて居た消毒液なんかを拭き取って、すっかり綺麗に成るまで甲斐甲斐しくしたのよ。
それにしたってあんた達人騒がせよ。とか、いつから起きてたのよ?とか、でも幸せを取り戻してくれて良かったわ。とかね。あいつの前じゃ言えなかった事を言ったわ。
クラルからは、ごめんなさい。とか、凄い音がして。とか(まさか私のクラッチだなんて思わなかったけど)、ありがとう。とか返って来たわ。後はリンの事ね。ランチタイムに一度コッチに来るみたいとか。
洗面器を持って立ち上がった私はそれに、リンきっとビックリするわね。ココ居るなんて知らないんでしょ?なんて答えたら、


クラルのあの台詞よ。
忘れていた訳じゃないのよ。確かに、言う気は勿論有るもの。昨夜だって朝だって…本当は聞きたかったわよ。
でも…どうしたって顔付き合わすとあんた達の話題になっちゃうんだから言い出しにくくなったのよ。…そんな事言えないけどね。




「…そりゃ、あんた達のは。…そうだったけど」



でももう、あんた達のは解決したのよね。
そうなると確かに、そうかもしれないんだけど。…だって本当だったら昨日に、決着付いて居たかもしれないんだもの。


私は漱いで絞ったタオルを手近なバーに掛けて、ちょっと溜息をついた。


てゆーか。
それ昨夜にサニーも言ってたけど…私達って擦れ違いじゃないわよ。

クラルまで何言い出すのかしら。




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