プレゼント


いつになっても面倒なのはお堅いおっさんと役所の手続きよね。特に、国際機関に宿泊となると余計によ。
内部に入っちゃうとハートフルの名前なんて何の意味も無いもの。私は、限りなく一般人。
でも、持つべきものは上に顔が利く友人。事務局には「、本来なら。ミス・ノースドリッジの血縁者であっても厳重な規約が」って渋られたけど「いつの事なら俺が責任持つ。なら文句ねーだろ」本当。四天王って強いわね。



「ありがと」
「おー」


私は事務局から渡された来賓用IDバングルを腕に嵌めながら言った。サニーと事務局から医療棟へ続く渡り廊下を歩く。廊下は窓から差し込むサンセットで綺麗なオレンジに染まっていた。
取り敢えず行動制限付けられたり、色々誓約書にサインさせられたりしたけどどうにか宿泊の許可が下りて良かったわ。不法滞在なんて、カッコ良く無い真似したく無かったもの。


「にしても、これ。ずっと付けてなきゃいけないなんて。変な所でセキュリティが細かいのね」


私はブレスを揺らして眉を顰めた。マイクロチップが埋め込まれたバングルは一見するとデジタルウォッチみたい。横長のLEDパネルが滞在可能時間である24時間のカウントダウンを果たすと同時に私の行動を逐一本部へ送信してくれるって言ってたかしら。行動可能エリアから外れたら警報が鳴るとかどうとかも。
結構デザイン性に富んでるけれど仕事はちゃんとこなすものなのよね。ちょっとカッコ良いじゃない。でも、


「ここにはプライバシーって概念が無いのかしらね」
「ま、しかたねーし。つーかそれ俺も初めて見たな。ナノカラーの時計みたいじゃね?」
「あ。それ私も思ったわ。カラーヴァリエーションは少なかったけど、一応選ばせて貰ったし」


私はバングルを付けた腕をサニーに掲げて見せた。
クリアカラーのそれは一応今のファッションや嵌めているブレスレットと重ねても浮かない様に無難に選んだんだけど、我ながらベストチョイスよね。


「ま、なによりつくしいしのがイ」
「そうそう。バングル付けろって言われた時はどんなダサイの渡されるかと思ったけど。これならいいわ。しかも防水なのよね」
「れにそれ、盗聴機能迄はねーみてーだしな」
「…そんな機能まであったら最悪よ。ホントにプライバシーも何も無いじゃない」


私は掲げたいた左腕を下げて溜息を吐く。
それにしたって、これにするわ。ってピックアップした時サニーは、やっぱまえならそれ選ぶと思ったし。って。プレゼントの予想が当たった子供みたいに笑ったの。ちょっときゅんとしたのは、絶対言わないわ。


てゆーか。待ってよ。
今のこの状況何よ。


私ははたと立ち止まる。
窓に広がるサンセット。オレンジ色に染まる渡り廊下。柱の影が細く長く伸びている。そして、目の前にはサニー。長くてカラフル、なのに全然嫌味じゃない髪が歩調にあわせて揺れている。

なによ。このシチュエーション。


「お?どした?」


立ち止まった私に気がついて、彼が振り返った。私は反射的に嘘をつく「別に」顔を、振り向いたあいつから夕日を飲み込んで行くオーシャンビューに移した。
なによ。これ。どうして私こいつと当然の様に一緒に居るわけ?あんな事があったのに、どうしてこんなに、普通なの?


「へぇ」


サニーが、声を上げて一歩窓に近づいた。私は声に反応してちらりと一瞥したけど、直ぐ視線を前に戻す。アクアブルーの目が真っ直ぐに、外を見ている。私は腕を組んで、耳を飾るピアスに触れた。

ゆらゆら揺れるジャージーのペンダントディティール・アマダナ。ソフィのシャンパンゴールドを外してチェンジしたピアス。
これをチョイスした朝は凄く胸がドキドキしたのに。今はどう?まるで海に引っ張られて行く夕日みたいに、ありのままを受け入れちゃってる。笑っちゃう。あれから今迄、サニーと一緒に居て私、なんの違和感も疑問も持たなかったなんて。

(当たり前かしら、ね。だって私達は、これがスタンダード。最高のお友達だものね)

指先で軽くピアスを押した。堅い音が耳の直ぐ傍で揺れた。凄く精巧に組立られたピアス。私にとって今、凄く特別なピアス。
視界の端で夕陽を受けて微かに煌めいた。目の前の海みたいにこれも、オレンジの色を飲み込んでいるのかしら。


「…つくしいな」


サニーが前を見たまま呟いた。


「、そうね。…綺麗だわ」


私も視線を逸らさずに呟く。
ああマリア、貴方は嘘吐きね。まともになんて見ていないくせに。
今見ているのはサンセットじゃないでしょ。微かに灯った室内灯でミラー化し始めたガラスに映る、ちょっと子供でナルシーな男じゃない。何を見て、綺麗だなんて言ったのよ。

(、言えないわ。そんな事。今は無理よ)

私はひっそりと、心の声に答える。今は、じゃないわね。きっと、ずっと無理。


「もう、日が暮れるのね」
「…だな」
「一日って儚いわ」
「だからつくしいんだろ」


凄く真剣な、サニーの声「…そうね。」少し、居たたまれなくなる「儚いものは、綺麗だわ」

ねぇそれなら、今の私の心も、開いてみたら綺麗なのかしら。きらきらと、美しいのかしら。だって今、この胸はとっても儚い想いを持っているのよ。サニー。…あんたは、知らないでしょ?
でもいつか知ったら、私を綺麗だと言ってくれるかしら。その独特の声で。その独創的なスピーチで。私の無様な心を褒めてくれる?ううん。いつか、褒めて。

目の前で夕日が緩やかに海にダイブする。廊下がじんわりと電灯を灯す。ミラー化したそこに、私とサニー。


「、くか」
「そうね」


私は、少しセットが乱れ始めた髪を耳に掛け直してもう一度、ダブルフレンチの指先でピアスを揺らした。彼の背を追い掛けてヒールを鳴らす。歩く度、視界の端でピアスが揺れた。DOLCE&GABBANAのペンダントディティール・アマダナ。そして髪に触れた手の先には、バングルが引き立てるお揃いのブレスレット。人工石をわざわざ天然石に変えた去年の秋冬コレクションはサニーがクリスマス・パーティにくれたプレゼント。これを、私がどう'調和'させるか見てみたい。だったかしら。あんたはもう、覚えて無いかもしれないけれど。
でも私は貴方に送ったプレゼントを覚えているわよ。どうしてだか分かる?あの頃の私は、きちんとしたステディが居たのにね。あんたに鼻で笑われたく無くて、そいつ以上に時間を掛けて選んだのよ。だから。

でも今更。言葉にする事でも無いから、絶対言わないけどね。


「ねぇ」
「あ?」
「面会時間って、何時迄なの?」


私は医療棟に向かいながらサニーの背中に問い掛けた。


「いくらこの組織が24時間サイクルの勤務体制だからって、流石に医療施設内の患者に対して迄はそうじゃないでしょ?」


サニーは歩くのを止めない。止めないから、私もその背中を追って歩く。
日が落ちて、真っ白な電灯に照らされた廊下はさっきと違ってかなり無機質。でも目の前を揺れる髪が、そこに少しの色を添えてくれる。


「あー」
「私の勘だけどね。ココが来るならその位じゃないかしらと思って」
「…そいや。今日話した医者がなんか言ってたな」
「うそ!忘れたとか言わないでよ!大体あんたも此処に住んでんでしょ!?」
「うっせーな!広過ぎんだよ!全部把握できっか!」
「…信じらんない。シナプスちゃんと動いてんの?」
「てめ!馬鹿にすんじゃねーし!ってろ!ま思い出してやる!」


その髪が、私の言葉ひとつひとつに反応して動く。ユニークな能力を持ったサニーの長い髪。ホント、何事にもフリーな男に相応しいわ。


「いいわよ。それより、医療棟の職員捕まえて聞いた方が早そうだわ」


私はサニーを擦り抜けて、直ぐ目の前の廊下の終わりに立った。厳重な自動ドアには医療棟を示すロゴマーク。「ほら、早く開けて頂戴」私の来賓バングルじゃ反応してくれないから後ろを振り返って急かした。だって、こうしてる間にもあいつが来たらどうすんのよ。入り口はもう一つ有るんでしょ?それに早くリンちゃんを部屋に帰してあげたいわ。あの後にまたクラルに会いに来てくれた時にあの子『明日の仕事7−20になったしー』って言ってたもの。あれってきっと7時から夜の8時って事でしょう?


「ほら、サニー」


でもサニーは「待てし」って、袖をずらして腕時計を確認してる。「、なにしてんのよ」「もすこしで思い出す」「…ばかじゃないの」「うせ」私は呆れて盛大に溜息を吐いたわ。「だから、」そんな時間無いわよ。って、言おうとサニーにもう一度向き合った視線が、その腕に嵌まっている時計を捕えて言葉を止めた。


「そだ!しか20時迄だし!」


真っ黒なレザーベルト。ブロンドゴールドの枠組み、文字盤の大半を締めるシルバーは剥き出しの歯車の色。その中で右寄りに納まっているリングこそが、文字盤で。それは枠と同じブロンド。


「、それ。あってるの?」


私は胸がつっかえて、そう言うだけで精一杯で。「、良いから。開けてよ」サニーから顔を背けて、ドアと向き合った。

その時計はよく知ってるわ。
ジェラルド・ジェンタのマグソニック。BVLGARIの、メンズライン・ウォッチ。(どうして、今日のコーディネートに組み込んでるのよ。いいえ、違うわ。どうして、あんたまで、)私のDOLCE&GABBANAと、チェンジした時計。あえて彼のイメージに近くて遠いデザインで選んだのよ。彼が、私にピアスとブレスをくれた理由と同じでね。


(、ギフト・メインのコーディネートしてるのよ)


私が、このアクセサリーが調和するようにこのワンピースをチョイスしたみたいに。でも、悟られたく無くてわざとクレストエンブレムのパンプスを合わせたみたいに。


「うっせ。ちったー信じろし」
「そうね、じゃあ。扉が開いたら、最初に見つけた職員に確認してあげるわ」


サニー。あんたはどんな気持ちで、その時計をチョイスしたの?ああ。お願い。
どうか唯の気紛れであって頂戴。そうじゃなきゃ私は、世界で一番お幸せな勘違いをしちゃうから。


「まえ、まじかわいくねー」
「、結構よ」


でもマリア、深呼吸をして。考えて。今は、浮ついてなんか居られない。

横でサニーがIDを承認させる。ドアが開く。「先、くぞ」そう言って廊下を渡りきった彼の後ろで私は掌で頬を突っぱねて、ぎゅっと目を瞑った。次に目を開く時、私はロマンスを蔑ろにする。「待ちなさいよ」そうして女を泣かせた最悪な男を迎え撃つ、アマゾネスになってやるわ。

その位じゃなきゃ、感情的になりやすい私はきっとあいつに勝てないもの。


でも、
全部終わったらその時は、その時計をチョイスした訳を…私に教えて頂戴。





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