笑えない事



駆けつけた病室でクラルはでも、意識を取り戻していて。ベッドの上から私達に向かって、大袈裟にし過ぎですよって。って笑った。
リンは、心配したし。ってまた泣き喚いて、サニーは外で医療班からクラルの状態を聞いている。

私は、ずっと眉間に皺を寄せていた。


「笑い事じゃないわよ」
「マリア、」


クラルが寝かせられているベッドの傍のスツールに腰掛けて、足を組む。「笑い事じゃないわ」クラルは、腕に点滴を何本も刺していて、肩から胸に掛けて包帯を巻いていた。右側から衝撃を受けたのか、右腕にも包帯を巻いている。
これの何処が大袈裟にし過ぎなのよ。大事じゃない。


「でも、手足は未だ付いているわ」
「そんなの当たり前でしょう!」


私は声を張り上げた。横からリンに「マリア」って声を掛けられけどおかまいなしに続ける。


「手足が、そんな、無くなる様な、そんな怪我、」
「こちらでは日常茶飯事よ」
「……信じらんない」


私は、額に手を置いた。
あんたが、傷だらけってだけでも信じらんないのに、そんな事をさらりと、当然の様に口にするなんて。ううん。分かっていたの。ここがどう言う所かなんて。
分かっていたけど、でも、実際目の当たりにするのとじゃ、全然違う。

だって、この子は、インプラントも何もしていない、唯の女の子なのに。

私は見ていられなくって視線を床に落とした。俯いたまま、鼻を啜る。


「…ところで、何故マリアがここにいるの?ここ、職員以外立ち入り禁止よ」
「あ。うちとお兄ちゃんとで頼んだんだし」
「そうなの、」


リンの鼻声が抜けきらない説明にクラルは一言だけ呟くと相変わらずしっかりと私達を見て「心配かけて、ごめんなさい」って。小さく笑った。
私は目の下をハンカチで抑えてクラルを見る。


「本当よ。御陰で、」


サニーの本心が聞けなかったわ。て言いそうになっちゃって慌てて口を噤んだ。いけない。リンが居たわ。全部の決着が付く迄、言えない事なのに。


「マリア?」
「御陰で、コロシアム。見そびれちゃったじゃない。あんた達の成果を見物してやろうと思って居たのに」


案の定不審がられちゃったから私はすかさず取り繕う。 
リンは少し何か言いた気だったけど、クラルの「…ごめんなさい」ってフォローに「もー。マリアはいつもそればっかりだし」って「こっちは大変なんだし」唇を尖らせた。うん。これは上手くいったのかしら。でもやっぱり…クラルじゃないけど隠し事ってちょっと良心が傷むわね。


「今更よ。」


それでも、こんな風に話をしていく内に段々心が落ち着いてきたわ。
始めはすんごくびっくりして、もう、下手したらクラルと会えないのかしら。とか、すんごく不吉な事考えちゃったりしたけど。
目の前のクラルは取り敢えず五体満足で、こうして冗談言ったり出来てる。


「でも、すんごくびっくりしたのよ」


私はハンカチをクラッチに納めながら続けた。


「あんたがこんな怪我するなんて。もう、どうしちゃったのよ。あんたのダーリンは何も言ってこなかったの?」


クラルは、答えない。
やっぱり占い師だからって何でも分かる訳じゃないのかしら。取り分け最近は会ってなかったみたいだし。


「ま、どの道あいつの事だから直ぐ来るでしょ。サニーが電話するみたいな事言ってたし。きっと大変よ。あんた、もしかしたらここ辞める様言われるかもしれないわよ。説得が大変そうね」


かく言う私も、こんなの見ちゃったら正直辞めて欲しいわ。でも、あんたずっと夢だったから、そんな酷な事言えないけど。
ふとリンを見るとサニーそっくりの瞳をまんまるにして私を見ていた。

なに?その顔。私、なにかおかしな事言ったかしら。

見つめ返すと、リンは少し言いにくそうにクラルを見て、「クラル、マリアに話してないし?」って。クラルは微かに小さく頷いた。「どう、説明したらと…思って」って。取り繕ってはいるけど泣きそうな顔。え?ちょっと、どういうこと?


「何?ちょっと。何の事よ?」


なによ。この疎外感。
私はクラルに問い質すべきかどうするか凄く迷った。だって、怪我人だから。それにしても、この流れ何よ。「ねえ、リン、クラル。教えなさいよ」何なのよ。

リンが、私を見て口を開こうとした「あの、ね」でも、クラルが「リンちゃん」って声をかけて「自分で言います」だから、何の事よ。


「マリア、あのね」
「うん」
「私……ココさんに、ね」


微かにクラルの目が潤んだ。嬉しそうに呼んでいた名前に、泣きそうになっている。いつもはっきりとした声で話すクラルの言葉も歪み始めて


「別れようって、言われて、しまいました」


私は、まさか。って思った。けれど、でも、直ぐに嘘って思って、呟いていた。
嘘でしょう。なんでよ。


「なんでよ」
「うちも、分けわかんねーし」
「そりゃそうよ。だって、。ちょっと、クラルあんた。エイプリール・フール勘違いしてんじゃないの?にしても、最悪のジョークだけ、ど、。」


クラルは目を伏せてた。睫毛が、少し濡れている。


「エイプリルフール・ジョークだったら……どんなに良かったでしょう、ね」


途切れ途切れの小さな声。
なに?本当の、事なの?


「な、なんであんた達がそうなってんのよ!?」
「マリア、」
「可笑しいでしょ!?どうしてよ!別れようだなんて、あの男、」


あの毒男!
さっぱり意味が分からないわ。あんなにクラルにベタ惚れだったじゃない!去年のクリスマス・パーティーの時も、サマー・カーニバルも、皆でBBQした時もよ。あいつずっとクラルの事ばかり気に掛けてて、あまつ、気付いたら一緒に居て、寄り添ってて、見てるこっちが胸焼けおこしそうな位で。サニーに『うわ、いつ。キショ。どんだけだよ。誰も取らねーし』って言われてたくせに!何より、つい二週間前にも電話してたばかりでしょ!


「いつ、よ」
「一週間程前に」
「そんな」


そんなに経ってたの!?昨日一昨日の話じゃないの!?
それよりあの後もメールしたわよね。…そんな話題、全然しなかったじゃない。
私はもう増々混乱しちゃって、なんで黙っていたのよ。とか、でも私がずっとサニーの事ばかり話題にしていたから言えなかったのかしらとか。一杯考えたけど、ううん。それよりもなんでふたりがそうなっちゃうのか分からなくて。

前髪をくしゃりとさせて、下を向いた。

だって、絶対無いって思っていたもの。ホントに見てるこっちが呆れる位のふたりでだったのよ。
あの男、レセプションやホームパーティで私がクラルばかりに絡んでると『サニーが呼んでいたよ』とかめちゃくちゃクールな笑顔で嘘付いて奪っていったくせに。


「リンは、いつ知ったの?」
「うちは…ココがこっち来た日に」
「あいつ来たの!?」


それってわざわざ別れ話の為に来たわけ!?会いたかったとかなら分かるけど。律儀って言うか、無神経って言うか。ないわ。


「電話があって、クラルがイーストエリアの3番ブースに居るから…迎えに行って欲しいって。意味わかんないしって言ったら、頼むよって言われて、そしたら、」


リンはちょっと言いにくそうにクラルを見て、クラルもちょっと戸惑った顔していたけど私が「教えて」って言ったらリンは「マリアは、クラルの親友だし、言うし。だってホントにうちもかけわかんねーし」私はリンに向き直って言葉を促す。


「……座り込んでるクラルが居て。クラル、泣いてて、そん時に。なんか見てらん無かったし」


泣いて?誰が、よ。「なに、よ」声が震えて、ここが病室だって事も、クラルが怪我人だって事も忘れて「なんで直ぐ言ってくれなかったのよ!!」クラルに向かって大声で叫んだ。


「クラル!どうして!!」
「マリア、」
「どう言えって言うのっ!」


リンが私を止めに入るけど私は私を抑えられなくて。クラルも大声を上げた。
でも、傷に響いたのかクラルは小さく呻いて顔を歪める。それでも、彼女は続けたの。


「どう、説明しろと。だって、私自身、まだ混乱しているのに。だって、あまりに突然で。もう、何が起きたのかさっぱりで。私は、未だ、彼が好きなのに。彼も、私を、愛しているって、言って下さった、のに。なのに、考えておいてだなんて、何を考えれば…」


最後は殆ど、声になっていなかった。私達も声が出なかった。でも、ひとつだけ私は分かったは、あの男はやっぱり最低だって事。
それだけはよく分かったの。だって今の私、自分でも抑え切れない位の怒りを感じているのよ。だから、


「マリア?え?何処行くし?」
「リン、止めないで頂戴」


スツールから立ち上がって踵を返して、乱暴にヒールを鳴らしてスライドドアに手をかけるの。後ろから「マリア、まさか」って「待って、!」ってクラルが言ったけど「あんたはそこで休んでなさい。治癒促進剤入れてるんでしょ。安静にしてなきゃ効きが悪いわよ」おかまいなしよ。私はモバイルを取り出す。滅多にかけない番号を表示させる。
あ、でも、此処じゃいけないわよね。


「でも、マリア、」
「あんたは気にしないでいいの。ただの私の身勝手よ。だって、こんなのおかしいでしょ。どう考えても変でしょう!?」
「マリア?え?ちょっと、」
「止めないでね、リン」


確か、直ぐ近くにテレフォンブースがあったわ。私の親友を泣かせて、ただで済むと思わないで頂戴!


「あの毒野郎を呼び出すだけよ。ただじゃおかないわ…!」


一瞬だけ振り返ってスライドドアを開ける。
目を輝かせながらも驚きを隠さないリン。無理に上体を起こして言葉を探しているクラル。気にしないで頂戴。私が、我慢ならないんだから。そんなあんた達は見たく無いだけなんだから。

そのまま一歩踏み出す。でも、「マリア!危ない!」リンに言われて「い!」思いっきり何かに顔をぶつけた。

って!なによ!ドアなら開けたでしょ!!


「ぶね、前見ろし」
「サニー…」


見上げると、モデル並みに背の高い奴がいた。なんてバッドタイミングなのよ!


「危ないのはどっちよ!人が出るかどうか位お得意のセンサーで感知して頂戴!」


私は急に現れたサニーの体に、鼻先を思いっきりぶつけたみたい。
ちょっと…鼻先がじんじんするわ。へちゃむくれになったらどうしてくれるのよ!
この、筋肉毛玉!!





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