アナウンス


開けた視界。
相変わらず整った調度品しかない部屋。でも壁一面が強化ガラスになっていて、そこから外のコロシアムの熱気が見えた。
ああ、昔パパに連れて来られた時は凄くわくわくしたっけ。ママは野蛮だわって嫌な顔していたけれど、私はいっちょまえにお気に入りの仔とかいたのよね。あの頃はパパもママも、一緒に暮らしていたわ。


「よう」


でも、それは過去のお話で。今のパパとママは離れて暮らしていて、大きくなった私はひとりでドアを開けて、窓の前から私を見る彼の声に答えるの。


「久しぶりね。サニー。私より先に入るなんて。やっぱり四天王サマとなると違うのね」


あ、つい嫌味言っちゃったわ。
でもあいつは、はっ。て鼻で笑って。「うるせーし。まえが遅いのが悪いんだよ」って。偉そうに腰に手なんて当てて。昔みたいに。ばかみたい。


「なにか飲む?予約で来たから、多分ウエルカムドリンクがあるはずよ」


散々騒いで。馬鹿やって。遊んでた相手なのに。今、真っ直ぐ見れないなんて。


「マリア」


名前を呼ばれるだけで、心臓が跳ね上がっちゃうなんて。


「何?」
「いから、こっち来い」


ああ、もう!だから自覚なんてしたく無かったのよ!!「なによ。私、喉乾いてるの。ドリンクくらい飲ませて頂戴」頑張って、平静を装って、私はソファにレオーニのクラッチを放り投げるとノンアルコールのウエルカムドリンクに手を伸ばした。
傍にあったグラスを起こして、注いで、口を付ける。「…サニーも飲む?」「俺はい」「そ、」一口飲むと、パションフルーツの甘酸っぱい瑞々しさが口に広がった。
サニーはずっと、こっちを見ている。凄く、真っ直ぐに。私は堪らなくなる。


「いま、何回戦目?」
「3回」
「ガウチ、出てる?」
「さき、負けた」
「そ。…ウォーターエリアだったら、きっと負けないわよ」
「んなのねーし」
「作ってよ」
「ハゲに言え」


私はくすりと笑って、そうね。って答えた。サニーは未だこっちを見ている。私を、見ている。私はもう一度、ブラッドピンクのパッションフルーツを舐めた。
外の喧騒しか聞こえない部屋は何だか居たたまれない。かつん。カウンターにネイルを立てる。かつん。強化ガラス越しの熱気が、微かに届いた。あ、外は勝負がついたみたい。
天井のスピーカーから次のステージに向けたブレイク・タイムのお知らせが聞こえた。


「マリア」


それが止むか止まないかの時、サニーが窓辺から動いた。私を呼んで、目の前のソファーに座る。私の視界には彼の背中そしてその横にあるさっき投げたクラッチ。


「まえも、座れ」


どこに座れって言うのよ。ソファはゆったりと横に長い作りだけど元々コロシアムを鑑賞出来る様に備え付けられているから、窓を向いているそれひとつしか無い。
座るって言ったら「どこによ」あんたの隣しか無いじゃない。


「ん。」
「ん。って。正気なの?」
「話、すんだろ」
「だからって、」


ビンゴ。サニーの奴、さも当然ってばかりに横を示して来た。信じらんない!幾ら話し合うって言っても、そんな、ほんとこいつって、デリカシーってものが無いのかしら!?「マリア」でも、分かっているのよ「やく、座れ」これがサニーだって。そんでもって、私は「……分かったわよ」こいつの、そう言う所が、好きなのよ。

でも恥ずかしいから、なるべく端に座ってやるわ。


「…とくね?」
「クラッチから越えたらその髪にもれなくブラッドピンク追加してあげるわ」


あー。またやちゃった。てゆーか私、こんなんで素直に話出来るのかしら。
なんかもう、無理な気がして来たわ。どうしよう。やっぱりクラルに来て貰えば…いいえ!それは駄目。


「そ。で?」
「で?って」
「話があっから俺の事呼び出したんだろ。ざわざココの野郎使ってよ」


私はグラスをテーブルに置いて背中をソファに預けた。ふんぞり返ったサニーを横目で見る。うわ、偉そう。って、怖じ気づいちゃいけないわ。私にだって言い分あるんだから。


「あんたが。会ってくれないから悪いんじゃない」
「からって、あいつ使うんじゃねーし」
「人聞きの悪い事言わないで頂戴。私もクラルも、ココに呼び出してってなんて頼んでないわ。そんなカッコ悪い事、するわけ無いでしょ」


なんて。一回は助けて貰おうと思ったけど。…言えないわ。


「じゃ、なんでいつから電話くるんだよ。つーか…いつは知ってんじゃねーのかよ」


サニーは不機嫌そうに前髪を掻き上げる。私は前を見ていたいのに、視線が無意識に追いかけちゃう。なによ、これ。


「勘付かれただけよ。クラル巻き込んじゃったからかしらね。後は…成り行きで」
「意味わかんね」
「仕方ないでしょ!本当はクラルがあんたに電話してくれるって言ってたのよ。でも……不味いでしょ。後々」


きっとこの時私とサニーは同じ事考えたわ。あんまり楽しくなれない事だけど。サニーは小さく溜め息をついて「じかよ…いつ。初耳だし」って呟いた。「、とにかく」私は足を組み換えて続ける。


「ココしかきちんとした繋がり無かったんだから。何よ、なんか言われたの?」
「…つに」
「…言われたのね」
「…前が、れこそクラル巻き込むからだろうが」
「ちょっと、ホントに何言われたのよ」
「つに、怖くなんか無かったし。つーかあいつ、マジ毒野郎。つくしくね」


怖かったのね。なんか凄い事言われたのね。そうなのね。あー「私、女で良かったわー」呟いたら横から「るせ」って返された。私は声を出して笑う。

てゆーか、ホントに、何よこれ。
全然普段通りじゃない。ううん、普段よりぎこちないけどそれは私の問題で、サニーは普通だわ。めちゃくちゃスタンダード。
何だか、このままでも良いんじゃないかしらって思えて来たわ。わざわざ、言わなくても。

だって言っちゃったらこの関係さえ終わってしまうかもしれない。サニーと、こんな風に話したりなんて事も出来なくなるかもしれない。

もう!なんなのこいつ!折角固めて来た意志が砕かれそうになってるわ。私は、後悔して、自分を隠したく無い。ずっと、胸を張って、私が生きている道は正しいって。なのに、怖い。今は、そんな私のポリシーが、凄くこわい。


「マリア」


サニーが、私を呼ぶ。


「なによ」


私は、グラスを持ち上げて、喉の乾きを潤す。
サニーは、黙っていた。
私もどうしたら良いかわかんなくって話せない。

でも、でも、進まなきゃいけないんだわ。分かってる。なによ。なんて言って、向こうの言葉を待ってるだけじゃ駄目なのよ。

そうよマリア。思い出して。

貴方はスーパースター。貴方はお姫様。女の子は、ダイヤモンドだって、友達に出来ちゃうって事を。


「ねぇ、サニー」


思い出すのよ。
今日のクローゼットの前の私を。


「もう、この際なんだっていいわ。私は、お酒に食べられちゃった夜は思い出せない。それでも、あんたに嘘付かせるとかカッコ良く無い事させちゃったって事だけは理解してるの」
「れは、」
「黙って。話をさせて頂戴」


お気に入りのビジューのネックレス。ドゥーズィのペザントワンピにサッシュベルト。耳にソフィのシャンパンゴールドピアスを着けてとっておきに変えた朝。
最後に唇をグロスで飾った私は、とびきりの女の子だった。
そこに1ヶ月前の面影なんて無かったでしょう?


「始めはショックだったわ。だって、あんたとはずっとサイコーの友達で居たかったもの。だって、友達だったらずっと、ずっと一緒に居られるから。私のパパとママの事知ってるでしょ?あんなに仲良かったのに、今じゃ見る影もないのよ。笑っちゃう。でも、だからね。私、あんたとはそうなりたくなかったから。だから、最高の友達なんて言っちゃって、私が、私自身を騙してたのよ」


だから、私ははっきりとサニーに伝えたかった事を思い出しながらきちんと話しをするわ。
自分の間違いを認めてそれを晒す事はやっぱり幾つになっても恥ずかしい。ううん。昔に比べて恥ずかしいけれど。
でもね私は、私のままじゃいけないの。
今のままじゃ、駄目なの。すんごく格好良くない大人になってしまうのはすごくいけない事よ。


「でも、」


だから、思い出して。
私達がなんだったのか。


「でもね、サニー。だから分からないの。あんたと、こうなっちゃった事が。だって、だって私が知ってるサニーは…サニーは、」


私達は女の子で。女の子はきらきらしてて特別で。


私達はメイクアップやドレスアップの魔法使いがいつだってついているの。
だから、マリア。勇気を出して。
この魔法は、時計が鳴っても融けないのよ。


「サニー、は。わ、」


でも、全く素直になるにはちょっと


「私の事どう思ってるの!?」


足りなかったみたい。

ああ!私ってなんでこうなの!?肝心な時に正直に言えないとか。まったく格好良くないわ!なんで聞いてるのよ!

サニーは俯いて、じっと何か考えて「……俺は、」私の感情を掻き乱す。
私はぎゅっとソファーの上で握り拳を作って、サニーから目を反らした。もうこうなったらしょうがないわ。神様お願い!


「俺は……」


サニー、は?


「俺は、まえの…マリアの、事…」


ああ!心臓に悪いわ!
ホントになんで私こんな回りくどい事言っちゃったのかしら。
サニーの声が、こんなにもどかしく思えたのって初めてよ。

耐えきれなくって「教えて」真っ直ぐに見つめたら、サニーは一度言い淀んだ口を真一文字に結んだ。それから目を瞑って、ゆっくりと言葉を吟味するみたいに口を開いた。

私は煩い心臓を持て余して下唇を噛み締める。
大丈夫。大丈夫よマリア。なにがあっても、私は泣かないわ。


「俺はまえのこと、」



でも、ブレイク・タイムに響くアナウンスとそれに負けない位に五月蝿いノックが言葉を遮って。
私の運勢を思い出させたの。


マリア!お兄ちゃん!って。
外で彼女が呼んでいる。私はあーもうって思って、サニーも溜息を吐いたけれど、扉をノックする音と何度も何度も私達を呼ぶその声は酷く不安定で、不安を掻き立てて。
ううん。それより、どうしてあの子がここに来れるの?私達は仲が良いから、エントランスの人がうっかり言っちゃったとしても理解出来るわ。
でも、今日はクラルも勤務のはずでしょ?あの子が、止めない訳、


「リン」


私は、ソファーを立ち上がって真っ直ぐに扉を開けた。扉を叩いていたリンは半泣きの顔になっていて「マリア!」って私を見るなり胸に縋り付く。私は、「どうしたのよ、ねえ…」リンを受け止めながらも後ろを見る。

誰も、居ない。

どうして、誰も居ないの?


「リン、にがあった?」
「お兄ちゃん!あの、あの…!」
「クラルは?」


私は、血の気が引きそうになる体を押して尋ねた。コロシアムは、未だブレイク・タイムが続いている。そう言えばさっきのアナウンス。なんて言っていたかしら。だって、長過ぎるわ。
高々猛獣のコンディションを整えるだけの幕間に、どれだけ時間がかかってるの。
いつも5分で終わるじゃない。今何分経ってると思ってるのよ。おかしいじゃない。


「リン、クラルは?どうして一緒じゃないの?」


リンは、半泣きで私を見上げる。止めて、止めてリン。
そんな顔しないで。嫌な事しか浮かばないわ。


「クラル。クラル、が。マリア、うち、うち」
「リン、ちつけ」
「リン、ゆっくりでいいわ。何が、あったの?」
「クラル、猛獣に、飛ばされて、尾が、クラル今、いまさっき運ばれて、血が、血がいっぱい……!」
「リン!ちつけ!」


私は、耳を塞ぎたくなった。泣き崩れるリン。支えてるサニー。ふたりが居るのに、ひとりが足りない。足りないひとりは、あの子、は、。


「クラル、意識レベル、て。救護班、クラル、うちが、呼んでも答えて、くれなかった…!!」


どうしてよ!なんで!?なんでクラルが!なんでそうなるのよ!?





prev next



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -