女の意地ね


私は歌を口ずさむ。天井のその上でばらばら回るメインローターの音に負けない様にね。
神様が与えて下さった私は何よりも美しいって。だって彼がミスを犯すなんて有り得ない。だから、今生きている私は間違いなく、望まれた通り正しい道を歩いているのよ。って。
何より、私のマイナスに負けない様にね。


「マリア、さっきからそれは何の歌だね?」
「うっそ!叔父さん知らないの!?信じらんないわ!」


横から聞こえて来た言葉に私は吃驚して、ついつい大声でアーティストの名前を連呼した。


「ね?聞いた事位あるでしょ?」「…いいや」


なのに、ヨハネス叔父さんたら指でサングラスを押しながら渋り声で首を傾げたの。


「嘘!?今最高にホットでクレイジーなアーティストのファンタスティック・チューンよ!」
「…マリアは、モンローが好きだったんじゃなかったか?」
「…マリリンは今も好きよ。でも、今の私の気分じゃないだけ」


信じらんない。なんて思ったけどもう口にはしなかった。代わりに私はサッシに寄り掛かる様に頬杖を付いて、高度何百フィートの上空の景色を見つめた。
一面の青に、時折白い雲が流れていく。眼下は何処までも続くプルシャンブルー。
今日はきっと、私にとって"記念の日"になる。ラッキーかアンラッキーかなんて分からないけれど。まぁ、誰かさんのダーリンの占いが昨日迄だった事を祈るしかないわ。


「、後悔しながら、自分を隠したりしなくて良いの。今こそ、私は私を愛してあげる。だから、大丈夫」
「ん?」


隣の座席に座っているヨハネス叔父さんがサングラスを指で押し上げたままこっちを伺った。てゆーかずっと思っていたけど、ヘリの中迄サングラスしてるってどうなのよ。
そう言えばこの人、叔母様との式の時もサングラスしっぱなしだったわね。これ体の一部なんじゃないかしら。…想像するとユニークだわ。


「なんでもないわ。ね、未だ着かないの?お尻が痛くなってきたわ。あ、コックピット、覗いて来ようかしら。暇だし」
「マリア、君は今幾つだね」
「やだ叔父サマ!レディーに年なんて聞くもんじゃないわよ」
「…レディーなら、異性の前でお尻を擦らないと思うが」


何だか溜息を吐かれたけれど、ま、いいわ。退屈なのは嫌いだし。何よりこれ、私のヘリだもの。


「ね、もっとスピード出ないの?」
「…マリア。ジェット機と一緒にするなと何度説明したら分かるのかね」


パイロットに聞いたら、何故か後ろでまた溜息吐かれたわ。そんな事、「ヘリでしか行けないのが悪いのよ」後ろを振り返って抗議したら。叔父さんは、やれやれ。ってまたサングラスを押し上げた。もう、そんなに緩いならアロンアルファでくっつけるわよ。









「それじゃあマリア。私は私の用事を済ませて来る。君は余り周りの方々に迷惑をかけない様に」
「分かってるわよ。あ、叔父さん帰りはどうなさるの?遅くなる?私待つわよ」
「こちらの定期便を使うつもりだ。ありがとう。君は君の用事が済んだら帰りなさい。全く、本来なら入島パスを持っているからと言って思い付きで来れる様な、」
「はいはいはい。ありがとう叔父サマ。ハヴァ・ナイス・ジョブ!」


何だか小言が始まったから、早々に手を振って私は観光ゲートに進んだ。ヘリのフライトはあんまり快適って言えなくて、私は入る前にもう一度背伸びをする。
あーあ。いつもだったらここでクラルかリンを呼んで貰って、女子寮のスパ借りるんだけど…今日はそうもいかないのよね。


「ようこそ、グルメガーデンへ。ミス、マリア・ハートフル。お父様はご健在でいらっしゃいますか?」
「さあ、元気なんじゃないかしら」


すぐに、パパの客席ルームに行かなくちゃいけない。
私はエントランスホールで待っていた案内人に鞄を預けて適当に相槌を打つ。
いいから、さっさと行くわよ。にしてもこいつもウーパールーパーみたいな頭してるのね。シニアの間で流行ってるのかしら。


「ああ。こちらです。いやいやお父上には、当機関も何かと懇意にさせて頂いておりまして。職員一同ハートフル様には感謝しております。はい。」
「あの人はマニアだから。趣味なのよ」


職員一同って、何処から何処迄よ。いい加減な事言わないで欲しいわ。


「然様でございますか。しかし御陰さまでこちらも研究に性を出せるという物で。ああ、また是非オフィシャルにお疲れの際は是非コロシアムの観戦を、」
「伝えとくわ」


ま、会えたらだけど。
それにしても毎度の事ながらウザイわね。指紋だの網膜だのなんだの認証されるのも良い気はしないけれど、こうやって案内される方が更にウザイわ。ま、広いし、迷子になられたら困るってのは分かるけど。でも、ウザイ。何がウザイってこのあからさまな胡麻擂りよ。
言っとくけど私、ここ数年パパとテレフォン以外で話した事無いわよ。しかもバースデーの1回だけよ。クリスマスやイースターはカードだから。しかもおめでとう、ありがとうだけよ。いやになっちゃう。


「ここからエレベーターで参ります。ああ、お足下にお気をつけ下さいませ。はい。」


…あんた一度クラルから敬語の使い方学びなさいよ。


「おお!なんとも素晴らしいお靴で!流石、あのお母様の娘さんでもいらっしゃる。センスも宜しくていらっしゃる。どちらのでいらっしゃいますか?気品のあるエンブレムで。えっと、G、U……え?」
「…イニシャルは好きじゃないの。てゆーかじろじろ見ないで頂戴」
「あ。や。これは。失礼を」


ついでにでパブリック・エチケットも学び直して来るといいわ!
あー、さっさと着かないかしら!緊張より苛立が増すなんて滅多に無い経験よ!!
もう二度としたくないけどね!


「ああ、そうでした」
「、何?」


ふと、案内人が思い出したとばかりに言った。


「お先に、お部屋の方でサニー様がお待ちでいらっしゃいます」


正直、スマートな笑みとは全く以て言えない顔されたけれど。相変わらず全然カッコ良く無い敬語だけど。「そうなの。分かったわ」私は精一杯澄まして、眼下に広がり始めたコロシアムのスタジアムを眺めた。









VIPフロアの入り口で、ウーパールーパーとはさよならした。ここからだったらひとりで向かえるわよって。てゆーか、うちのルーム、エレベータ直結だし。
取り敢えず案内人がエレベーターに消えたのを見て、またややこしい認証に更新したてのパスを通してドアをオープンさせる。
完美大理石が敷き詰められた床。いつもながら贅の限りを尽くした廊下。
客席も兼ね備えているリビングへ続くもう一つの扉へ向かって、私はゆっくりとヒールの踵を鳴らして歩く。『サニー様がお待ちで』さっきのウーパールーパーの言葉がフラッシュする。でもここ迄きたら腹を括るしかないのよ。

そうよ。
だから一度深く深呼吸して、私はしっかりとノブを回した。




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