ビジネスで




「まえ、卑怯だぞ」
「何の事です?」


フレグランスの補充の為に資材管理局へ向かう途中、おいクラル。と彼に呼び止められた。ここ最近、よく話題に上っていたけれど会うのは何週間振りかしら。少し痩せましたか?と聞けば、つに。とそっぽを向かれた。それから、今、いいか?ちょっと付き合え。話しがある。要約するとこんな様な事を言われて、直ぐ近くのコーヒーブースに連れて行かれた。

食を第一としている企業だけあって、サーヴィスの割にはきちんと薫りのたったコーヒーが置かれている。彼は、それを差し出すなり、私を卑怯者だと言った。


「すみませんが、非難される動機が分かりません。」


私は熱いコーヒーを冷ましながら嘯く。彼は、鼻を鳴らして「とぼけんな」「とぼけてません」と。とぼけてるのはサニーさんじゃありませんか。感情から産まれた言葉を舌を焼くコーヒーで押し込めて溜息を吐いた。

これを言うのは私じゃない。

管理局へ渡すバインダーを、後ろのカウンターテーブルに乗せて、インサートカップが納まっているプラスチックのカップホルダーを両手で抱える。色の深い、真っ黒なコーヒーの湖面が鏡みたいになって、私は口に残る苦さで眉を顰めていた。


「は。嘘吐くな、」
「あの、ミルク取って頂けませんか?」
「話反らすんじゃねぇ!」
「反らしませんよ。反らしませんから、そこのスジャータ取って下さい。私、ブラックやっぱり苦手です」
「…ほらよ」
「ありがとう御座います。あ、ふたつ下さい。あと、マドラーもお願いします」
「まえ、なぁ…ほら」


もう一度お礼を言って、小さいカップの中身をコーヒーに落とす。かき混ぜたら、先程の色とは全く程遠い、シルキーブラウンになった。口に含む。純正のミルクじゃないから未だ渋みが強いけれど、それでも幾分か飲み易くなった。


「…やっぱり、紅茶も置いて頂きたいですよね」
「……あー…」
「サニーさんもそう思います?コーヒーより、紅茶の方が美容関係でもレパートリー豊富ですし」
「しかに。でもこの豆、ルビーダイヤだぜ」
「あら?そうなんですか?」
「おー。ここに書いてあるし」
「本当。夜勤以外では利用しないので知りませんでした」
「てーねーに効果迄書いてあるしよ」


促されるままサーバーパネルを覗き来んだ。電子文字で『美肌、新陳代謝の活性、冷え症予防』まるで何処かの温泉みたいな効果が羅列されていた。


「コーヒーで冷え性予防って、矛盾してませんか?」
「そか?」
「カフェインは体を冷やしますよ」
「入ってねーんだろ」
「苦かったですよ」
「でも入ってねーんだろ。つーかそー言う詳しい事は俺じゃなくてココに聞け」
「あ、そうですね」


今晩電話で聞いてみます。と、適温になったカップの中身を飲み干してバインダーを持ち直して時間を確認。大変。もう4時半だわ。急がないと窓口が閉じてしまう。「それでは。私は、」「、お」急ぎますからこれで。と去ろうとしたら。「待て」触覚に両肘を掴まれて「ぶねー。またクラルペースに呑まれるとこだったし」「なんです?その名前」引き戻されました。


「サニーさん。申し訳ありませんが私、急ぎの仕事が残っているのですが」
「ぐ済む」


そう言って、彼もコーヒーを飲み干す。触覚は未だに肘に絡まったままで、私は後ろ向きで首だけ彼を向いていると言うおかしな格好をするはめに。でも、地面に足が付いているだけましかしらとタップを踏む。
それにしても、彼の髪に繋がっている触覚はひとりを除いて見えないのよね。私、傍目から見たら観劇のマリオネットみたいになっているんじゃないかしら。


「、そう言えば、卑怯がどうとか」


足下を見たまま呟いた。後ろで彼が「、おう」とだけ言う。インサートカップをダストボックスへ落とす音がした。
小さな沈黙。「サニーさん?」不自由な両肘を押して振り返った。彼は、苦渋の顔で腰を折って床を見ていた。重力に逆らおうとしない前髪を掻き上げて今にも唸り声を上げそう。「サニーさ、」「まえさ、」ちらりと、私を一瞥して口を開いた。


「まえ、らはさ。何処までしってんだ?」


何の事だかは、直ぐに気がついた。
私はそのブルーの瞳の問い掛けに、一度唇を結んで答えた。


「私でしたら、マリアの事を全て」


肘を縛る触覚が微かに揺れる。


「、まえ、意外だと?」
「ココさんだけです」
「…話したのか?」
「いいえ。詳しくは話していません。居ませんが、あの方は勘が鋭いので…何とも」


私の言い回しに、一瞬彼が眉を顰める。でも、私は気にせず彼を見つめた。
暫くそうしていて、先に目を逸らしたのはサニーさんだった。溜息まじりに呟く。


「、いあく」
「サニーさんと確実にコンタクトを取る為です」
「からって、あの野郎に」
「私がお誘いして受けてくださいましたか?」
「………」
「それと、言わずに彼には無断で事を進めた方が宜しかったですか?」
「や。れは…」
「不味いでしょう?私もです。」


そうした場合のケースを想像して苦笑した。


「兎に角、知っているのは私達だけですよ。…リンちゃんは、ご存知ありません」


話せる訳ないでしょう?そう言うと、彼は黙って微かに頷いた。兄としての威厳か、男としてのプライドか、はたまた彼の美学か。行動の真意は彼にしか分からない。「でもよ」ふと、私を自由にして彼が言った。


「まえ、ココに頼り過ぎだろ」
「それは、」


私は彼の方に向き直ると自由になった肘を擦って、バインダーを脇に挟んだ。捕われていた所に血が通って、少しむず痒い。


「サニーさんが逃げるからですよ」
「逃げてねーし」
「逃げました」
「逃げてねー…」
「ずっと、外に出ていらしたのに?」
「、ごとだ」
「ええ。仕事でしたね。だからって、マリアの話迄、ビジネスで済ませてしまうのは如何なものかと」


彼は目を見開いて私を見た。「まえ」「そんなに、無理なお話でしたか?マリアは、そんなに難解なお願いをしたでしょうか?」私は、そう思いませんでした。そう続けると、彼は一層バツの悪そうな顔をして、「居たのかよ」と言った。「ええ、直ぐ傍に」ふつふつと、感情が喉から零れそうになる。

マリアの泣き顔を思い出す。優しいマリア。悲痛な顔で彼を好きだと叫んだマリア。みんなのマリア様。大切な、私の親友。

JUST BUSIGNESSな関係で済まそうとするなら許せない。


「兎に角、来週末。お願いします」
「卑怯者」
「貴方に言われたくありません」
「ココが今の前見たら泣くぞ」
「…やっぱり、貴方の方が卑怯です」
「、つくしくねー」


彼は口を尖らせて舌打ちをした。私は小さく笑う。


「男女の関係に、美しいも美しく無いもありませんよ」


あるのは、ただの感情を押し付け合ったエゴだけだと。言いかけた口を噤んで髪を耳に掛け直した。
彼はもう一度舌を打ち鳴らす。


「一度背を向けたんです。次は立ち向かって下さい」


私は、そんな彼に、お願いに似た命令をした。
彼は、少し間を置いて、たりめーだ。と、それに答えてくれた。私は、信じるしか無い。


「でもよ、」


ふと、彼がこちらに向き直って言った。


「まえは、来んな」
「はい?」
「…マリアと、俺のふたりだけにしろ」
「それは、」


オーシャンブルーの瞳が、しっかりとした光を持って私を見据える。「俺と、マリアの、問題だ。れ以上、迷惑掛けれねぇよ」私は、親友のコンディションを慮った。彼女は、何と言うだろう。でも、不安定でも芯の強い子だから。「、分かりました。ではマリアに伝えておきますね」承諾して、マリアに伝えようとモバイルをヒップポケットから取り出そうとしたら「や、」彼の声に止められた。


「俺から言う」
「はい?」
「…きになんなら、メールだけ入れてやれ。今晩電話するからよ」
「サニー、さん?」


訝しんで、彼を見た。彼は手を腰に当てて溜息を吐いた。サファイアの目が力強く私を射ぬく。私は、息を飲んだ。つい先日にココさんとモバイル越しに交わした会話を思い出す。『、分かった。そう言う事なら、…膳立てはしよう。でも、あいつの肩を持つ訳じゃないけど…サニーはあれで中々、男らしい奴だよ』


「れ以上俺を、つくしくない男にすんな」


、本当ですね。ココさん。侮っていた訳ではありませんが、貴方が仰っていらした通り。
ぶっきらぼうに、でも真っ直ぐに投げられた彼の言葉を受けて、私はくすりと笑った。彼は眉を顰める。「んだよ、」「いいえ」片手で制して、彼の意志に答える様に確り向き直ってお願いをした。


「今度は、泣かせないで下さい」
「おう」


返って来た返事迄男らしくて、私は少し、マリアが彼に惹かれた理由が分かった気がした。





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