それならね



その日はクラルと夜通し起きて、沢山話をした。まるで昔みたいに。
家財道具が揃った1LDKのマンションは寮生活を思い出すには豪華過ぎたし、歴史を刻んだ二段ベッドも無いけれど。でも、その時の私達は当時のままだったって断言出来たわ。


そんな明くる日、私は講義を休んだ。


お昼頃起きて、クラルが作ってくれたスープを飲みながら、そう言えば今日大学だったわ。って言ったら、シャワーを浴びて来たクラルが髪をタオルドライしながら、何で昨日の時点で言わないの。って溜息を吐いた。大丈夫よ。もう殆ど単位は修得してるんだからって、スープの中身を咀嚼する。

冷蔵庫でゆるやかに朽ちていく予定だったキャベツやセロリにピーマンと言った野菜とか、ベーコンやソーセージとかが入ったスープ。この子は昔からこう言う事が得意。料理なんて大層な事じゃない、在り合せの魔法。


「やっぱり、ココにも作るの?」
「はい?」
「こーいうの。」


私はそれをお代わりしながら、ドライヤーで髪の毛を乾かし始めたクラルに尋ねた。
やっぱり罪悪感が拭えなくて、ついつい話題にしてしまう。クラルは、また、ココさんの話?って。迷惑そうに答えながらもその声は全然困ってなかった。


「そ、また、あんた達の話」
「…マリア」
「何度も言うけど、気遣いとかだったら止して頂戴ね。あ、ペコロスの芯が無い」
「、抜けたのよ」
「あら、ほーんと。で?」
「で?って。マリア…聞いてて楽しいの?」


逆に質問された。私は、んー。って、スープを啜りながらどっち付かずに答える。


「何も考えずに聞いていられるから、楽」
「楽、って」
「講義とのろけ話は聞き流せるからいいわよねー」
「、ご自分で聞いておいてそれ言います?」
「あ、ごめん。嘘付けなくって」
「しってるわ」


クラルは溜息を吐くとドレッサーに向き直って、ドライヤーを髪に当て続ける。


「あ、怒ってる?」
「呆れてる」
「ごーめーん」
「怒ってまーせーん」
「で、作るの?」
「……それは作った事ないわ」
「うそ!?」
「本当」
「いがーい。なんで?」
「出せると思う?有り合わせスープ」
「出したらめちゃくちゃ喜ぶと思うわよ。あの男なら。家庭的なのに弱そうだもの」
「家庭的?私が?」
「だって私料理無理だもの。それにマージが言ってたわ。’余り物をうまく使ってこそ、良妻デスよ’って」
「マージ?」
「うちの家政婦」
「新しい方?」
「て言うか、ママの家のね。」


喋っている間にも、私は継ぎ足したスープの中身を頬張る。クラルの背中を眺めたまま立って食べてたら鏡越しに、零しますよ。って嗜められた。私は生返事でソーセージをかぷり。コンソメが染みてて美味しい。


「作ってあげたらー。私、嫉妬されたくないわよー」
「…余った食材が無いのよ」
「へ?」
「余らないの。きちんと分量づつあって」
「うわ、なにそれ。こわっ」
「、怖い?」
「怖いわよー。どうしたら余らずに使い切れるのよ」
「大体のメニューを決めて買い物に行きますから。必要な物を、必要な分だけ」
「何処の主婦よ」


そんな話をしてたら、モバイルの着信音声が響いた。
オルゴールのバラード。私のじゃない。


「あ。」


クラルのモバイルが、彼女の真横にあるランドリーボックスの上でイルミネーションを点滅させていた。


「ココ'さん'?」


ドライヤーを切った、クラルの表情で判断。
ええ。と、頷いて震えるそれに手を伸ばす。あーあ。一気に恋人の顔になって。もう。


「噂をすれば、影がたつ」
「マリア」
「さっさと出てあげなさい。で、私は向こうにいるから終わったら呼んで頂戴」


メロディーの断線を背中に、私はベッドルームへと逃げた。
扉を閉める。あの子の声が遠くなる。(てか、)具が殆ど無くなったスープを啜る。(あのふたりってもう付き合って1年は経つわよね。)あいた指先でガラステーブルに置きっぱなしだったモバイルのストラップを引っ掛けた。返事途中のメールを打つ。
『いま、ですます娘はココと電話中。相変わらず仲が良くっていやになっちゃう。』送る相手はリン。(倦怠期とか無いのか、し、ら、)とも続けたけど、少し考えて消した。代わりに『そっちはどうなの?進展アリ?ナシ?(笑)』って打ち直して送る。送信完了を見送って、スープを飲み干した。

昨夜の醜態が嘘みたいに、今日の私は至っていつも通りだった。
お天気は快晴で、部屋はぽかぽかと温かい。大学休んじゃったから一日空白で、身支度が済んだら二人でショッピングに行こうって話したのはついさっき。
でも、この調子だと私の方が先に支度出来ちゃうかも。

あの子には未だオフレコだけど、昨日と今日のお詫びに何かプレゼントしようかしらって思っていたのに。


「、買いに行く時間あるかしら?」


クローゼットから服をチョイスして独り言。ついでにクラルに着せる服も出す。トップスはこれ、パンツ…よりスカートにしようかしら。あの子ショート丈は嫌がるから…でも折角だし、普段着ない様な服着せたいわね。あ。これにしましょ。ジルのハイウェストのショート丈。キュロットタイプだから押せば着てくれるわ。


「おんなのこはいつーでーも、」


CMで覚えた曲を口ずさんだ。キュロットを引き出してベッドに投げた。


「まほーうつかいに……。ふふふ、ふん。」


分からない所はハミング。



『まえ、わかんねーなら歌うなよ』


不意に、いつかのサニーが浮かんだ。
ハミングを止める。ついでに動きも止まった。

今日は起きてからずっとこの調子だ。私の行動ひとつひとつに彼が介入している。別に失恋した訳じゃ無いんだからいい加減にして欲しいのに。
私がショックだったのは、もうきっと昔みたいにふたりで遊んだり騒いだり出来ないって事実。だってお互い、そんなに器用じゃないから。


(かみさまって、退屈なのかしら)


溜息を零して、真横の姿見に視線を投げる。酷く目つきの悪い女が、額に手を置いていた。ピケのパーカーにショートパンツを履いてなんともだらし無い。視線を服の層に戻して前髪を掻き揚げた。
携帯が捩じ込んだポケットの中で震えた。摘まみ上げてメールボックスを開く。Friendのボックスに一通。リンだった。
デコ絵文字をふんだんに使った文章が目に飛び込む。


『クラルんトコはココがベタ惚れだし〜。横取りしちゃったんならしょうがないし(笑)』
「横取りって、取ったのはあっちよ」


私はメール文に向かって呟いた。
リンは無知のまま。黙っていようと、決めたのは昨日の夜。メールはクラルに促されて始めた。私もリンとのコンタクトだけは繋いでいたかったから、素直にメールした。『久しぶり。今クラルと一緒にいるのよ。ココからちょっと返して貰ったわ』リンは直ぐ返事をくれた。『マリアー!!おそいしー!!そんでうちも混ざりたいー!てかそれいつかココにポイドレくらうし(笑)』ほんの数時間前の事。それからずっと、コンスタンスに続いている。


『うちのことは聞かないでほしーし』わんわん泣いているぶさいくな犬が終わりに付いていた。私はふふ、っと笑う。兄妹なのに、何でこうも違うのかしら。リンのメールは女の子らしくってキュートなのに、サニーのメールはどちらかと言うと素っ気ない。彼曰く、それなりのバランスがあるみたいだけど、そんなの分かるはず無いわ。(あ、)

(あーもう。)

また。
私はこめかみを手の腹で叩く。また、くだらない事思い出しちゃったわ。


まだ続きがあったからメールをスクロールした。


「……さすが、いもうと」



泣き止んだ犬の下でクエッションマークが点灯している。


『てか、マリアおにーちゃんとなんかあったし?』



逆の手で返事を打った。『分かったわ。その話は今度、詳しく聞かせて頂戴』彼女に習って、最後に陽気な音符を付けてみた。

そして、カチカチと改行キーを押して、少し考えて続けた。


『どうして?』


送信。
携帯のディスプレイの中で、キャラクターがメールを送り届けるのを見送ってベッドに腰掛ける。


リンは今ランチタイムみたいで、返事は直ぐに来た。


『聞かれても話すことないしー!』


犬がぷんぷん怒ってる。
本題は直ぐ下にあった。


『どうしてって…。あの日からお兄ちゃんなんかおかしいし』


サニーはいつも変わってるわよ。
私は一方的な会話に心の中で相槌を打つ。


『マリアも全然連絡くれなかったし』


…それはごめんなさい。リンは悪くないのよ。


『喧嘩でもしたし?』


クエッションマークが控え目に点灯していた。
喧嘩。そう。喧嘩…ね。


「喧嘩だったら、どんなに良かったかしら…」


私は呟いて、『勘ぐり過ぎよ。ただ忙しかっただけ。それより休み教えてよ。また、街に行きましょ』友達に嘘を付いて、そのままベッドに体を預けた。



ディスプレイの中で、間の抜けたキャラクターが必死にメールを運んでくれてるのが滑稽で、ちょっぴり悲しくなった。


本当に、喧嘩だったらどんなによかったかしら。






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