You Crying
「ごめん。」
「気にしないで。」
どのくらい泣いたのかしら。分かんないけど、取り敢えずこれ以上はと頑張って涙を引っ込めた。クラルはまだ、手を繋いでくれてる。
私はしぱしぱする目を拭って、ぼうっと手を眺めた。
「あ、」
「なに?」
「跡…」
彼女の、手の甲を見て呟く。私が強く握っていたせいで、クラルのそこには薄らと爪痕が残っちゃってた。
「ごめんなさい」謝ると「なにが?」って。
「痛かったでしょ?」って言うと「いいえ。」って。
クラルを見た。きょとんとしてる。でも、私がそのまま見てたら笑って、「本当ですよ。」今迄気付かなかったって言うの。その顔は相変わらずあっけらかんとしていて、嘘じゃないって教えてくれたから。私は逆におかしくって、小さく笑った。
「気付かなかったって、そんな鈍感で良いの?」
「どう言う意味です?」
「仮にもIGOの猛獣調教師のあんたが。そんなんじゃ危ないわよって意味」
爪痕に手を添えたまま言う。
「失礼ですね。マリアの握力なんて、たかが知れてるって事ですよ」
クラルは心外と言わんばかりに笑った。
ああ、今、この子が居てくれて良かった。もしひとりだったら私は、まだ笑う事なんて出来なかったもの。でも、これ以上は甘えちゃ駄目よね。もう、お開きの時間にしなくちゃ。
私はクラルの手を離すと、伝票を取って立ち上がった。
「さて、帰りますか。」
「マリア?」
クラルは不思議そうに私を見上げる。
「何してんの?帰るわよ。」
「でも、」
「あ、やだ。メイク大丈夫かしら。」
鞄から鏡を取出して覗き込む。案の定、下のアイライナーが取れちゃって、ファンデーションが依れてた。
「マリア。」
何か言いた気なクラル。でも私はそれを遮って、気丈に振る舞うの。
「ま、どうせ。暗いから関係ないわよね。あ、ここは私に奢らせて頂戴。手を傷物にしちゃったお詫びよ。この後大変だと思うから。どうせ、ダーリンに会うんでしょ?」
「あ、それは…」
「いいのよ。あんたがこっちに来るのは休み前くらいだし。休みはいっつも二人で過ごしてるって前のろけてくれたじゃない。私、覚えてるわよ。だから、さっさと行きましょ。愛し合う二人の邪魔をする趣味は、私には無いのよ。」
私は鏡を鞄にすとん、と落として言った。
クラルは黙っていた。黙って私を見て、俯いた。もう、さっきからそんな顔ばっかりして。止めて頂戴よ。
「ほらほら、先行くわよ。さっさと電話なりして迎えに来てもらったら?」
扉に手をかける。黙っていたクラルが、そうですね。って呟いた。やっぱり電話するみたいでモバイルを取り出してた。私は、とても会話を聞ける気分じゃないから、引き戸を開けようとした。でも、
「ちょっと。クラル?」
クラルが、私のスカートの裾を掴んだ。
「何してるの?」
振り返る。クラルは未だ座ってる。モバイルを耳に当てて、ちらりと私を見ると、一瞬だけ人差し指を口にあてて、静かにって合図した。静かに、って。ちょっと。
「冗談はよして。離してちょうだ、」
「あ、ココさん?」
……やっぱこの子マイペース過ぎ。
あ?ココさん?じゃないわよ。私の状況見たばっかりでしょ?当てられたく無いのよ。気付きなさ、
「その事なのですが、すみません。今日は、ええ。いえ、仕事では…ちょっと、緊急事態で。いえ、私に何かあった訳ではありません。はい、はい……」
…ちょっと、何言ってるの?
何、話してるの?
「また、埋め合わせさせて下さい。ええ、是非、必ず。」
それから、二、三言話して、クラルは電話を切った。それは凄くシンプルなやり取り。
「クラル、あんた、」
だから、私が呆気に取られた。
「さ、マリア。座って下さい。仕切り直しましょう。」
「仕切り直しって、今、」
呆然とクラルを見下ろす、クラルはおかまい無しに笑った。笑って、私を見て、言った。
「忘れたの?こういう時に、最後迄付き合うのは、いつも私の役目だったでしょう?」
だから、今日はとことん飲んでも大丈夫。私、明日お休みですから。って、言った。
私は、沢山言いたいことが浮かんだわ。だからって、デートドタキャンする!?
とか、何男より、こっち優先してんの!?とか、兎に角色々。でも、言葉には出来なかったわ。だって、また、間の前が霞んで来たの。
「クラル、」
「ほら、マリア。」
「あんた、ばかじゃ、ないの」
「はいはい、ばかで結構です」
「ほんと、ばか」
ほんとうに、おおばかよ。
でもね、今私、ものすごくあんたにハグしたいわ。
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