やがて笑い話へとかわる秋の記憶



 晴天吉日。秋晴れの日に合わせ、想う女性をピクニックに誘った。
 いつかの初夏から数えて二回目のデーティング。だが僕は、僕自身の問題について臆病にもまだ沈黙を貫いていた。いやもういっそ、このまま彼女の、なまえちゃんの前では普通で健常な男として居続けたい、振る舞い続けたいと言う傲りも芽生え始めたのかもしれない。良くない感情だ。

「あ、」

 だからだろう。しまった。と、彼女を呼んだ時には遅かった。
 同じボトル飲料を買った事が災いした。会話が弾んでお互いに手元への気が逸れていたとはいえ、せめて上部にリボンか、何か目印をつけておくべきだった。
 アクアパルチカを、ひと口飲んだなまえちゃんが、僕を見上げてそして不思議そうな瞬きをひとつ零した後、ピクニックラグへ視線を落とす。
 行楽日和の秋晴、午後一時過ぎ。外気温は摂氏二十度。広い広い公園の、人目を忍べる広葉樹の下、芝生の上。僕と彼女の間にはハンパーの中身が並んでいる。サンドウィッチ、キッシュ、プティガトー、ティーラテ。そして、もう一本のアクアパルチカ。僕の視界には俯いたままの彼女。慎ましい旋毛。風がそよぐ。

「……あら?」

 彼女も気づいた。ボトルキャップを握る手の先を唇へと当てる。その指先が小さく動いて、僕は、生唾を飲み込んだ。
 今、溜飲した体液に問題は無かった。が、過信はいけない。僕が僕自身の正体を忘れてはいけない。言えない伝えられないと言う僕の不誠実の代償をなまえちゃんに払わせてはいけない。声に出せない焦りの中でも冷静に、正確に彼女の未来相を視る。凶相はおろか病相もない。体調不良の前兆を示唆する陰りも視えない。これなら、

「すみません。私、間違えてしまいました」

 確率の更に確率を視る。よし、危機も無い。電磁波の波も正常。良かった。

「いや、紛らわしい所に置いたのは僕だし」

 あー、良かった。

「新しいものを買って参ります」
「いや良いよ。そのままで」
「いけません。私、直接飲んでしまいました」
「いや、本当に気にしないでくれ。ひと口飲んだくらいだろ? 消費量は僕の方が多い」
「そのような問題ではありませ、」

 なおも渋る彼女の手からボトルを取った。

「いいから、ね?」

 変に焦ったからか喉が乾いた。蓋が空いたままのボトルへ口をつける。
 彼女へ見せるように水を飲んだのは、本当に気にしていないよという明確な意思表示だった。だって君に害が無かったのならそれだけで充分なんだ。
 伝えていない代償に、表立っての心配が出来ない。だが簡単に取り繕えてしまう言葉より電磁波は雄弁だ。九十七パーセントの確率でなまえちゃんは安全。三パーセントが起こる確率も、三パーセント。本当に良かった。

「…………ココ、さん」

 やがて、か細い声が僕を呼ぶ。

「ん?」

 佇まいは普段の彼女、そのものだった。
 整った仕草、大人びた居住まい。真っ直ぐに僕を見上げる眼差し。梢枝を小さく鳴らす秋風がその前髪や、柔らかそうな毛先をそよがせる。
 だが、困った様に下がった眉や綺麗な瞳を収める縁取りは淡い血潮を透かし、水気を含んだ唇には僅かに驚愕の色を浮かばせていた。どういうわけだか頬と耳先は紅潮して、握り込まれた掌や肩には微かな緊張が宿り、何より電磁波の、色合い。僕だけに視える彼女の、焦り、動揺、恥じらい。それが、一呼吸置いた瞬きの後、虚勢同然の気丈な気配へと変化した。そんな、その、姿を見て僕は、僕、は。

「すみません、私……」

 気付いた。

「初心が、すぎますね」
「…………え、あ」

 彼女の声は、いつも通りすっきりとしていながらも、どこか戸惑いがあった。僕はどうしようもなくどうとも言えず、

「少し、失礼を。……手を洗って参ります」
「ああ……気を、つけて」

 赤く色付いた耳先のままなまえちゃんは立ち上がる。去り際に僕へと微笑う頬も、薔薇の色。

「直ぐに戻ります」

 そうして。新たな空気を作る術さえ失念したマヌケ者は今更熱くなり始めた顔で、ベージュのニットと細身のジーンズがよく似合うその後ろ姿を眺めて、僕は、本当に殆ど無意識に、手にしたままのアクアパルチカを再び口元へ寄せ、喉を潤わせた。これってアレだよな。僕と彼女の、擬似的と言うか間接的な……。

 ……そういえば、こいつの蓋、どこだ?


▲▽



 なんて幼いのかしら、私。(間接的に彼と、唇が触れ合った気がしてしまった、なんて、)なんて浅ましいのかしら、私は。
 声を震わせ、顔を熱くして、きっと耳も赤くなっていた。(ココさん、戸惑ってらした。当然だわ。お気になさらない方なら、当然)秋口の風で微熱を冷ます。
 もっと、大人にならなくては。

(……少なくとも、ココさんのボトルキャップを持ったまま離れてしまうなんて……大失態だわ)


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以前執筆して「いつか笑い話へとかわる初夏の午后」の続きめいたものとして書きました。ココさんまだ黙ってる問題。
フグ鯨編で、良くみるとココさんからは自身の体質について説明しておらず…それどころか小松シェフへの死相についても話ていなかったので、もしかしたら割と言うべき事も言わないタイプなのかな…?と。
視点によって色々な見方があって楽しです(*´ω`*)

いい加減馴れ初めのお話を書き進めたいですね…。


(2020.12.04/掲載)
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