さむい夜のこと。指先までしっかり冷えてしまったうちのボスは、泣くのがたいそうお好きなのだ。

「泣いてない」
「ばかですね、あなたは」
「ばかじゃない」

ばかはむくろだ。そう不機嫌そうな顔をした。ふだんはにこにこしている彼がこんな表情を見せるのは珍しい。
それもぜんぶ僕だけの、もので。


「そうですね、じゃああしたはちょっといいところへ連れていって差し上げます」
「…気にしなくていいってば」
「僕がかってに行きたいだけということで。お付き合い頂けます?」
「…う、ん」


優しすぎるのも考えものですね、そんな言葉は胸にしまいこむ。自分もその優しいこころに巣食っているのだから人のことをいえた義理じゃない。
でも僕はあなたみたいに優しくはないんです。こうしてこころのすき間に滑り込もうとする、そうしてひとりじめしようとする、ずるい男なんですよ。



それではまたあした。ゆっくりお休みくださいね、と頬に口づける。ほらやっぱり、彼の頬は少しだけしょっぱかった。



それでもそれは僕なりのやさしさなのです。



あなたは知らなくていい
110102
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