その日は雪が降っていた。
止むことなく深々と降る雪は、音もなく地面に降り積もる。
忍を本職とする身としては光を反射させる雪はあまり好ましいものではない。
しかしここ最近は戦の話もなく、事件が起きない限り心配する必要が無いのが救いだった。
それでも俺は降り続ける雪から目を反らすことが出来ず、一人空を眺めていた。
何を不安がる必要がある
そう、俺は不安だった。
今日の雪は、何故かひどく心細い気分にさせる。
忍になってしばらく経つっていうのにこんなことで動揺するなんて…俺もまだ未熟だな。
なんて胸中で笑ってみても、この不安は消えそうに無かった。
― おっさんには負けねえだぁヨ ―
不安と共に脳裏に浮かぶのは風魔の小僧。
なんだってこんな時にあいつを思い出すんだ。
むしろ今は…思い出したくなかった。
この不安があいつに関係してるだなんて考えたくもない。
ドクササコと風魔は敵対関係だ。
その所為か、風魔の餓鬼とも会う機会は多かった。
だが結局は敵同士。
会う度に互いの命を狙い合う仲だ。
そんな俺らが慣れ合うなんて笑い話にもならない。
だからこそ会う度に殺そうと思い武器を握るのに、いつも最後の一撃は決められなかった。
こんなところを部下に見られでもしたら示しがつかないのはわかっているのに、俺の身体は傷付いたあいつを見て固まってしまうのだ。
自分で傷付けておきながら滑稽な話だ。
俺がそうなってしまえば殺し合いは終了だ。
俺は使い物にならないし、あいつは傷だらけで自分から仕掛ける体力がないのだから仕方ない。
そこから俺たちは、何故か一定の距離を保ちながら取り留めのない言葉を交わした。
忍として発する言葉ではない。
昨晩の晩飯が美味かっただの、今日の朝は寒かっただの、まるでその辺の茶屋で話すようなことをぽつりぽつりと話すのだ。
お互いの距離は絶対に縮まることが無いまま、どうでもいい情報のみが増えていった。
敵同士ということをまるで忘れたその行為は、血生臭い状況とちぐはぐ過ぎて少し笑える。
こんな利益にもならない行為を、俺たちはお互いに止めることはなかった。
特に俺は、今すぐにでも駆け寄ってしまいそうになる身体をその場に繋ぎ止めるには、そうするしかなかった。
あいつの声を聞いて、あいつが生きていると実感することで、なんとか衝動を抑えていたんだ。
そういえば一度だけ、世間話ではない、あいつ自身の話を聞いたことがある。
忍者が自分の情報を敵に話すなんてあいつもまだまだ餓鬼だ、なんて思いながらも、あいつのことを知れたことが嬉しかった。
何気ない会話の中でぽつりと呟いた『桜が好きだ』という言葉。
今も俺の記憶に残っているそれは、一つの想いを俺に抱かせた。
本当はあいつを連れ去ってしまいたいけれど
俺もあいつも、全てを棄てるには背負っているものがあまりに大き過ぎたからこそ
唯一叶えられる、けして叶えたくない夢を見た。
そこまで考えて、俺はいつの間にか強く握りしめていた拳に気がついた。
「全く、今日は何だっていうんだ…」
今が戦中じゃなくて本当に良かった。こんな調子じゃ命に係わる。
少し、頭を冷やそう…。
そう思い、俺は雪の中へと歩を進めた。
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