あの日以来彼はうちの店によく来るようになった。

時間は夜が多く、早くても夕方だ。

仕事帰りの時もあれば仕事途中の休憩に寄ったときもあった。

何度も顔を合わせればそれなりに親しくなるもので、俺はあの人を凄さんと呼び、凄さんは俺のことを錫高野と呼ぶようになった。

下の名前で呼ばないのはやっぱり同じ名前の人を思い出すからなのだろうか。


「今日も仕事け?毎日お疲れさんだーヨ。」


今日も変わらずやって来た凄さんと軽い会話を交わしながらお決まりになったアイスコーヒーを出す。


「お前も社会人になったらこうなるんだよ。」

「うえー…オラずっと学生でいいべ…。」

「そんな夢見てられなくなるぞ。」

「学生の夢壊さねぇでけれ。」


凄さんが来るようになってからバイトが楽しく感じられるようになった。

こうやって軽口を言い合う関係がとても落ち着く。

初めて会った時はこんな関係になるなんて思いもしなかったけれど、今では出会えて良かったと思っている。


「しっかし、毎回同じもん頼んでよく飽きねぇなぁ。」

「うるせぇ。」

「しかもいつも不味そうに飲むし。」

「………。」

「たまには別のもん頼めばいいじゃんかヨー。」


凄さんは人の話も聞かずにコーヒーを啜っている。

人が親切でせーってんのにこのおっさん…。


「ちょっくら待ってろ。」

「あ?おい、錫高野?」


後ろで何か言っている声が聞こえるが無視してキッチンのスタッフに声をかける。

そして頼んだものを受け取ると再度凄さんのところに向かった。


「…なんだこれ。」

「アイスだーヨ。見たらわかんべ。」

「いや、だからなんでアイスを持ってきたのかって聞いてるんだが…。」

「疲れた時は甘いもんだべー。」


先ほどよりも眉間に皺を寄せた凄さんがアイスを凝視している。

なんかギャップが…。


「ぶっ!」


あ、つい吹き出しちまった。

窺うように再度凄さんに目を向けると凶悪な顔で睨んでいる。


「あーっと…いつまでもくっちゃべってたら怒られっからオラ戻るな…。そのアイスは奢りだから気にすんなさー。」

「ガキに恵んでもらうほど落ちぶれちゃいねぇぞ。」

「人の好意は受け取っとくもんだーヨ。」


舌打ちが聞こえたが気にせずその場を離れる。

こっそり後ろを振り返ると黙々とアイスを口に運ぶ凄さんが見えた。

また吹き出しそうになるのを必死に抑えながらバイトに専念する。

なんだかんだ言って凄さんは押しに弱い上に優しいのだ。

それにしたっておっさんとアイスは無かったか。


凄さんが帰り際「ごちそうさん」と言ってきたのにはまた吹き出してしまったが、ちゃんと全部食べてくれたことに別の笑みが零れた。

次はケーキでも付けてやろうか。

何であんなおっさんに構ってしまうのか自分でもよくわからなかったが、凄さんとの時間が嫌いではなかった。

出来る事なら、いつか彼の笑顔を見てみたい。あんなしかめっ面ではなく、笑った顔を。

初めて会った日のような顔はもう見たくなかった。





ある初夏の頃、少しずつ二人の距離が変わり始めた。








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