時刻はすでに夜の10時を過ぎていた。

これでも早く終わった方だなんて、うちの会社はブラック会社に違いない。

そんなどうでもいい思考とは裏腹に視線は忙しなく辺りを彷徨っていた。

こんな時間に居るわけがないと頭では分かっているのだが、気持ちが急いて身体が自然と動く。

逸る気持ちを抑えようと、俺は今まで何度も脚を運んだ場所に向かった。

少し大きな公園。その一角に、一際立派な木がある。

桜の木だ。

ここは、あいつが死んだ場所。

あの時の記憶は転生した今でも鮮明に脳裏に残っている。

忘れたことなど一度も無かった。

誰と居ようとも、何をしていようとも、必ず脳裏にはあいつがいた。

やっと、やっと見付けることが出来た。

約束が 果たせる。


「…もうすぐ、だ。」


葉を散らし、枝が剥き出しになった木を見上げながら呟く。

そのとき、誰かが公園に入ってくるのが見えた。

そいつが街灯の下を通った瞬間、息が止まった。

まさか…こんなところで…

俺の視線に気づいたのか、視線が絡む。


「ぁ…」


声が擦れて何も言う事が出来ない。

それでも近づこうと一歩踏み出した時、そいつは視線を反らして足早に目の前を通り過ぎた。





え?





「………ぉぃ、」


記憶を持って生まれた俺はあいつも記憶が残っていると信じて疑わなかった。

だけど、そうじゃないのか?

お前は、俺を、


「待て!!!!!」


通り過ぎた人影に向かって叫ぶ。

相手は驚いてこちらを振り返った。


「お前、俺を覚えてないのか!?」

「は!?おっさん誰だーヨ!」


駆け寄り肩を掴んで声を荒げるが、相手は訝しげな表情をするだけで思い出した様子もない。


「なんでだ…」

「ちょ、離せ!人違いだべ!」


人違い?そんなわけない。俺の魂が叫んでる。こいつだと。間違いないと。


「…与四郎」

「!?」


俺の口から発された名前に抵抗していた動きが止んだ。


「………あんた、誰なんだ?」


そう聞く姿は嘘を吐いているように見えなくて、俺は掴んでいた肩を離した。


「…いや、悪い。人違いだったみたいだ。」

「え?」

「お前も、『与四郎』って言うのか?」

「あ、は、い…」

「珍しいこともあるもんだな…名前も同じで見た目も似てるなんて…」

「そ、そう、ですね…」

「引きとめて…悪かった。」

「いえ…」


それだけを絞り出すと背を向けて木に目をやった。


「誰かを、捜してるんですか?」


後ろを向いた俺に、声が投げかけられる。

正直、もう話しているのが辛かったが、声が聞ける嬉しさの方が強かった。


「約束をしたんだ…」

「約束…」

「もう一度逢おうと、この桜の下で。」


逢って、今度は俺から伝える筈だった。


「早く、会えると良いですね。」

「………ああ。」


少しして、遠ざかる足音が聞こえた。

行ってしまう。今まで捜していた『アイツ』が。

だが、俺にはあいつを止める術が無かった。

生まれてから今まで信じてきたものが崩れてしまったから。

逢いたかったのは、俺だけだったという事実が痛くて、声が出ない。


「…く…」


この記憶は、俺への罰だったんだ。

多くの人間を殺め、あいつを救う事さえ出来なかった俺への。


「…畜生っ」


強く噛み締めた唇から血が流れた。

それでも涙だけは流さなかった。

俺には泣く資格など無いと知っていたから。

暫く立ちつくしていたが、俺はその場を後にした。

いつまで佇んでもあいつは戻ってこない。

無気力感に襲われながら、それでも脚は家に向かって歩いていた。

こんな風になっても生きていかなければならないんだろうか…。

もう、生きている意味がわからない。

今まで見えていたものが、なにも見えなくなってしまった。

あいつの顔も もう見えない


「言い逃げしたままかよ…糞餓鬼が…」






呟いた声は虚しく空気に溶けた。 









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