"もしも"を願っていました

海図を広げ今、あの人がどこを航海しているか想像するのが私の毎日の日課。
今は、この辺かなと思いながら海図をなぞる。
病気でなければ、あの人の隣に居れたのにと何時も思ってしまう。

「ゴホッ…ゴホゲホッ…ハァハァハァ」

咳がでた。
そして、口の中いっぱいに広がる鉄の味。
口を覆っていた手を見てみると、血で真っ赤に染まった。
最近、頻繁に吐血をするようになりそろそろ死期が近い事を悟った。

けれど…

「…まだ…ハァハァ、死ねないよ。
彼が…キッドが帰って来るまで。」

無理な事だというのは、解っていた。
けれどもう一度彼にあって、声を温もりを感じたかった。
起き上がっているのも、辛くベッドに横になりキッドの事を想う。
すると自然と涙が溢れ、視界がぼやける。

「キッド……あいたいよ。」

瞼が重くなり、闇に意識を持って行かれそうになった時…
私の名前呼ぶ声が聞こえた気がした。

「ふふっ…幻聴が聞こえるなんて…相当、重症みたい。」

「何言ってんだ、寝てねェのなら目開けろよ。」

その声と共に温かいぬくもりが、私の顔を頬を包み込んだ。
ゆっくりと重たい瞼を上げると、そこには私の頬に触れるキッドの姿があった。「何で…此処に居るの、まだ航海の途中でしょ。」

「何処に居ようが、おれの勝手だ。」

「それも、そうだね。
ねぇ、キッド抱きしめて欲しいな。」

と両手をキッドに向かって伸ばした。
ゆっくりと両脇に腕がまわり優しく抱きしめられた。
求めていた、温もりに包まれ幸せだった。

「キッド。」

「何だ。」

「大好きだよ。」

何時も貴方の幸せを願ってる。
と言った私の言葉は、段々小さくなっていった。
別れの時間が近づいて来ていた。
それに気づいたように、私を抱きしめる力が強くなった。
私も今出せる、精一杯の力で抱きしめ返した。
時が止まってしまえば良いのにと願った、けれど無情にも時が来てしまった。
薄れゆく意識のなか最後に見たのは…

『…おれも、愛してる。』
と囁きながら、今にも泣き出しそうな貴方の顔だった。



何時も、"もしも"を願っていた。
もしも、私が病気でなければ…
そしたら貴方の隣で、貴方と同じ景色を見ることが出来。
貴方を置いて、先に逝く事はなかったのにと。

無意味な"もしも"を願っていました。



企画、『最期の恋は叶わぬ恋となり散り果てた』様に提出
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