そう言えばじい様は?
かたくなな君
「母さんを怒らせるとまずいな、急いで戻るぞジュリアン」
「は~い」
グレィスの言う通り母の逆鱗に触れるのは避けたい。実を言えばアダンソン家で一番恐ろしいのはジュストベルよりも母、サリベルなのだ。どうやらどんなに強く逞しい父でも母には敵わないらしい。
部屋に戻ると空腹を刺激する美味そうな匂いが鼻腔をつき、思い出したかの様に急に腹の虫が鳴りだした。
食卓には母の自慢料理が溢れんばかりと並べられており、それはどれも父の好物ばかりだ。中にはジュリアンの好物もあり心の中で勝利のポーズを掲げた。
「もう! 今日はグレィスが帰ってきたから超とっておきのご馳走なのに!!」
「ごめんなサリー! いつもありがとう」
元々吊った目をさらに吊り上げカッカっと息巻くサリベルに機嫌取りで抱きつこうとしたグレィス。しかし見事に躱されておりそれを目の当たりしたジュリアンはやはり母が最強なのでは? という疑惑を確信に変えた。
「ふん!」
「何だ拗ねてるのか?」
「違うわよ! 久しぶりに帰ってきたんだから早く皆でご飯にしたいの!」
「ったく。相変わらずサリーは素直じゃないよなぁ、まあそこが可愛いんだけど。後でたくさん相手してやるよ。何なら半年分…」
「ちょっ! 馬鹿な事言ってないで早く手を洗って来てちょうだい!!」
口では厳しく言っているが僅かに頬を赤く染めるサリベルを横目にしてジュリアンはやれやれと肩を竦めた。
何だかんだで夫婦円満なのはグレィスもサリベルも互いにベタ惚れだからだ。駆け落ち寸前で結婚まで漕ぎ着けたらしい。
よくあの鬼のように厳しいジュストベルから許しを貰えたなぁと父を尊敬した。
「あれ? そう言えばじい様は?」
「ああ、今日は外せない仕事があるから遅くなるそうよ」
「ふーん」
普段ならばこの時間には仕事を終えて自室の特等席で趣味のお茶を飲んでいる頃だ。
「そうだサリー! 義父さんに土産があるんだ。港町に珍しい茶葉が入って来てたからさ、帰ってきたら渡そう」
「まあ、父様喜ぶわね! ありがとうあなた」
グレィスは大荷物の中から袋を取り出すと異国の模様が入っている珍しい形の缶を数個食卓に並べた。
なるほど、こう言った気回しが大事なのかも知れないな。とジュリアンは妙に納得し、見習おうと思った。
「もちろんみんなの土産もあるからな。リーナにもたくさん買ってきたぞ~」