謝るのは俺だ、ごめんアーサ
やさしい君
こんな事ならジュストベルの授業をもっとちゃんと受けておけば良かった。
今更そんな事を後悔し、来たる衝撃に覚悟を決め瞳を強く瞑った。
しかしいくら経ってもそれらしい衝撃はやって来ない。それどころか身に受ける風圧が凄まじい事に気付きそっと瞼をもち上げた。
「…!?」
─── 浮いている。
否。二人の身体は谷底から物凄い勢いで吹き上げる突風に押し上げられ、浮いているかの様に一瞬空中に留まっていた。
この突風が緩衝材となり地面との正面衝突は免れたらしい。緩やかに風が止むと同時に風圧は消え、大人の背丈位の高さから地面へと転がり落ちるもすぐ様受身を取った。
「っ…おい、大丈夫か…!?」
「……ん…」
抱き込んでいたラインアーサの頭を解放する。気付くとラインアーサの身体は薄く風に包まれており、一緒にいたジュリアンにもふわりと擽ったい風が纒わり付いていた。そのおかげなのか身体には傷一つ付いていない。
ラインアーサは起き上がり座り込んだまま崖とは反対方向の虚空をじっと見つめていた。
「…アーサ?」
「……」
頭上を見上げると聳え立つ絶壁の威圧感にぞくりとした。崖の遥か上方に停車場の駅舎が小さく確認できる。
中腹から落ちたとはいえその高さは充分だったのにも関わらず、こうして無事なのは奇跡に近い。
「……一体何があって俺たちは無傷なんだ?」
「風…」
「どうした?」
「……ここの風が助けてくれたんだ……。助けてってお願いしたから、かな……あ! そうだジュリ、指見せて!!」
「は?」
「指! さっき蜘蛛に噛まれただろ?」
「あんなの! 毒もないし別にどうってこと…」
「いいから」
「はあ。分かったよ、見せればいいんだろ」
ジュリアンはしぶしぶと噛まれた指をラインアーサの目の前に差し出した。改めて見てみると指は意外と腫れていて、それを認識してしまうと思い出したかの様に痛みが増した気がした。
「ほらやっぱり腫れてる。毒は無くても噛まれたんだからすぐに手当しないと。痛かっただろ? ごめん、俺が取り乱したせいで…」
「なっ…アーサのせいじゃねぇよ! しつこい蜘蛛の奴が悪いに決まってる。それにちょっとチクッとしただけだ。そもそも俺が手を……離さなければ落ちなかったんだ。謝るのは俺だ、ごめんアーサ」
ジュリアンは主を危険な目に合わせてしまった事を深く後悔し、反省した。