俺はまだお化けになりたくないぜ
やさしい君
僅かに明るくなってくる視界に期待を込めたが、どうやらその光は出口ではなさそうだ。
「…っ…? なんだ、壁が崩れそうになってただけか…」
「うわほんとだな、期待して損したぜ!」
もう何回目かも数えていない踊り場だがここの壁は脆く朽ちていて、煉瓦の隙間から幾つもの光が透け漏れている。
「外、見えるかな?」
ラインアーサがその隙間から外を覗き込もうと壁に手を着いたが何やら嫌な予感がし直感的に止めていた。
「駄目だ!! 戻れアーサ!」
「え? ぁわあっ!」
止めたものの時既に遅く、案の定劣化した壁が次々と崩れ始めジュリアンは咄嗟にラインアーサの腕を引き戻した。
煉瓦と煉瓦がぶつかり合い砕け、踊り場一面に粉塵が舞い上がる。
程なくして崩れが収まり外の景色があらわになったが、その光景は目を疑うものだった。
「大丈夫か? アーサ」
「っ…大丈夫。あ、ありがとうジュリ」
「うっわ……崖じゃんあっぶねぇ」
崩れた壁から眼下に広がるのは未だ谷深い崖だった。だいぶ階段を降りたと思っていたのだが半分も来ていない事になる。
「ここから落ちたら命はなさそうだね…」
「俺はまだお化けになりたくないぜ」
「俺も……で、どうしよう。壁壊しちゃって怒られたり…」
「シッ……誰か来る! 隠れるぞ」
「え。何で? 隠れるって何処に?!」
「……静かに」
思わず声を潜める。
もちろん隠れる場所など無くジュリアンは咄嗟に崩れた壁の下に繋がる崖へと身を乗り出した。
「ちょ、ジュリなにやってんの?! 落ちたら死んじゃうって!」
「あの辺にちょこっと足場がある。そこに隠れるぞ。アーサお前も来いよ」
「ええ?!」
「だって壁壊したの怒られたらどうすんだ!」
そう言いながらジュリアンはどんどん崖を降りていく。
「ま、待ってよ。危なくないの?」
「ほら、手ぇ出せ。大丈夫だから」
「っうぅ」
一足先に足場に着いたジュリアンの手を取りながら何とかラインアーサもそこに身を隠す事が出来そうだ。踊り場からもちょうど死角になっている。
狭い足場で崖に張り付くようにして身を潜めていると、階段の上の方から何やら話し声が聞こえ始めた。
「──おや、壁が崩れておりますね」
「劣化していたのだろう」
「ふふ。私が流したデタラメの噂。意外と効果があった様で」
「ふっ……この国の民どもは間抜か」