この寝坊助!! 焼き菓子なんてあるもんか!

やさしい君


 などと、周囲に合わせて発言してみる。多少わざとらしいかとも思ったが、冷静を取り戻した周囲が落胆の声を上げ始めた。

「まあ、こんな所にいらっしゃる訳無いか…」「本当に居たらびっくりだよなぁ」
「今度の収穫祭ではどんなご活躍をするだろうか……アーサ様のご成長が楽しみだ…」「収穫祭と言えば…今年は…新しい作物が……」


 ─── 気まずいが何とか誤魔化せたらしい。

 そんなこんなで列車トランは徐々に速度を落とし、降りる予定であった停車場[夕凪の都]で動きを止めた。
 殆どの乗車客が降りて行き、ジュリアンとラインアーサの二人がぽつんと車両に取り残される。
 渦中のラインアーサはジュリアンの膝の上ですやすやと呑気に寝息を立てていた。

 そうしてすっかり降り時を逃してしまったまま、列車トランは再び緩りと動き出す。

「…っ…いい加減に起きろーー!!」

 周りに誰も居ない事を確認しつつジュリアンは先程よりも大きな声で叫び立ち上がった。
 もちろんラインアーサの頭は空中へと投げ出されそのまま床へ転がり落ち、流石にその衝撃で目が覚めた様だ。

「いたた……う、ん? ……俺の焼き菓子は? ……あれ?」

 床へ座り込んで座席に凭れたまま寝ぼけているラインアーサに喝を入れる。

「この寝坊助!! 焼き菓子なんてあるもんか!」

「んん? ジュリか、おはよ…」

「おはようだぁ? アーサのおかげで午後の授業もすっぽかす事になりそうだけど、二度寝するか?」

「……授業……すっぽかす…? っあああ!! お、俺もしかして寝てた?!」

「もしかしなくても寝てた! 何度も起こしたんだぜ? もっと早く起こさなかった俺も悪いけど、夕凪の都で降り損ねたじゃんか」

「どどどどどうしようジュリ!」

「次の停車場で折り返すしかないだろ。ったく」

「でもたしか次の停車場って…」

「ああ、ペンディ地区の断崖絶壁テチラドだな。しかも無人の停車場だったはず」

「と、とりあえずそこで降りよう」

「了解。もう寝るなよ?」

「寝ないよ…!」

 ラインアーサがよろよろと立ち上がる。

 窓から望む景色が先程までとは様変わりしていた。夕凪の都、つまり旧市街に入ったのだ。入ったと言っても高架橋から街を見下ろす形になる。

 石造りの高架橋は複雑な地形の段丘崖を列車トランが円滑に走れる様に作られており緩やかな勾配を登ってゆく。

「見ろよ。絶景だぜ!」


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