*収穫祭*

核心 II-3


「……結局何だったんだ、あいつ」

「さあ。私にも分かりかねますね」

「いいのか? お前の事ハリ様≠チて呼んで慕ってるみたいだったぞ? ハリも何か思い出せれば良いんだけど…。それと、あいつが使った空間移動の魔像術ディアロス…」

「……」

「あの感じ、恐らく俺がここに飛ばされて来たのはあいつのだ…。ハリ、お前がここに来た時のも同様の……魔像術ディアロス、なのか…?」

「……分かりません」

「分からないって、お前。俺は凄い驚いたんだぞ?」

 唐突に空間を破り出てきたハリの事を思い出しながらラインアーサは声を上げた。

「……ですがこの辺りの空間が乱れてるのは分かります」

「空間の乱れ?」

「ええ。私を含め、メルティオール殿や先ほどの男が何かしら移動の術を使った為でしょう。とても歪んでいます。危険なので早く此処から離れましょう」

 ハリは薄暗い部屋を見渡すと人質の民の数を確認し始める。

「あの、さ。ハリ…。ここから離れるのは良いんだけどひとつ頼みが…。俺の腕の拘束外して貰えないか?」

「はあ。それ本気で言ってるんです? 冗談ではなく…?」

 ばつが悪いが正直に頷くと、ハリは溜息を吐きつつも漸く拘束の縄を切り落とし腕から外してくれた。

「ああ、やっっと自由が利く! ありがとなハリ」

「いざという時の為にも縄抜け位は覚えて置いてくださいよ、全く…」

「いや、縄抜けは得意なはずなんだけど…。どうにも外せなかったんだよこの縄!」

「成程?」

 言い訳するも疑わしげな視線を寄越すハリ。

「本当だって! 動けば動くほど食い込んできて…」

「では何か特殊な術でも掛かってたのかもしれませんね…」

 あからさまに呆れ気味のハリにラインアーサも苦笑する。

「それでハリ。人質にされていた民、三名も此処に居た。後この二人組の事なんだけど…」

「その二人についてはきちんと処罰を与えなくてはいけませんね。民の保護はどうします?」

 三名とは言え、この場所から抜け殻状態の者を移動させるのはそう簡単ではない。二人組は拘束されたまま悔しそうに肩を落としていた。

「……あ、兄貴ぃ…。俺らついに潮時っスかねぇ…」

「クソっ!! 俺はまだ…っ」

 其処へ馴染みのある明るい声が飛び込んできた。

「アーサ発見~!! おーい無事かー?」

「ジュリ! 良いところに来てくれたな!!」

「……お疲れ様です。ジュリアン殿」

「んん? あれ? ハリ!? 何でお前ここに居るんだ? お前はあのまま酒場バルに残ってた筈だろう?」

「……まあ、色々あって来ました」

「はあ? どうやったら先に出た俺より早くここに着くんだよ…!?」

 来て早々、ジュリアンの頭に疑問符が浮かぶ。

「悪い。その話は後だジュリ…! 早速お前に頼みがある」

「おう! 人質にされていた民の保護だろ! 任せてくれ」

「ああ…。頼むよ」

「エミリオの隊とも合流して、外で待機させてる。無事に王宮まで移動出来る様に護送の準備をしてきたからな」

「ありがとう。あと、この二人組なんだが…」

「あああーー!! こいつら俺の隙をみて突然消えたんだ! 消えたって言うか空間に吸い込まれていったって言うか! とにかく逃げられてすまないアーサ」

「いや、仕方がない。きっとあいつの仕業だろうから…」

「へ? あいつって誰?」

 おそらくメルティオールとは別に、先程の男が裏でこの二人組に指示を出し糸を引いていたのは間違いないだろう。

「……それでこの二人組の事なんだけど、お前の所で鍛えてやってくれないか?」

「…っ?!」

「はあああ??」

「な、何を言ってるんです? ライア。この二人については然るべき処罰を…」

「だからそれをジュリの所でやってもらう」

「俺の所でって、それだと処罰とは言えないだろ!」

「そうですよ。ジュリアン殿の所は入隊希望者が後を絶たない人気のある役職所です。甘すぎます、それでは処罰というよりも…」

 突拍子のないラインアーサの提案にジュリアンもハリも、件の二人組さえ驚きを隠せないでいる。

「この二人は元々旧市街の荒くれ者だ…。しかし、それを返せば旧市街の情勢に詳く色々熟知している。それに然るべき処罰を下してただ罰を与えてもますます反感を強くされてしまうだけだ。ならば目の届く所の真っ当な環境で働いてもらった方が良いだろう?」

「しかし…」

「だからって俺の所かよ…」

「こんな事頼めるのはジュリだけだ。お願い出来ないだろうか……」

 ラインアーサは真っ直ぐとジュリアンの目を見やる。

「…ったく、仕方がないな! 俺がアーサにその目をされると断れないっての知ってる癖に質が悪いぜ!!」

「……ジュリアン殿まで、本当に良いのですか?」

「主の命令だ、引き受けて絶対守るのが俺の主義だからな!」

「ありがとう、感謝するよ! ジュリ!!」

「全く。……私は理解に苦しみますが、お二人が良いのなら徹底的にお願いします。陛下への報告もお忘れなく」

「当たり前だろ! 任せておけって!」

 一部始終やり取りを見ていた二人組が呆気に取られている中、ラインアーサは改めて二人に向き直ると柱に括られていた縄を外し拘束を解いた。
 更に癒しの風を吹かせ、傷付いた二人の怪我を癒す。晴れて自由となった二人はゆっくりと立ち上がるも落ち着かず視線を彷徨わせた。

「お前たち、確か名は……ジェロームとエヴラールと言ったな」

「っ!! エヴラールはまだしも、何故俺の名を?」

 突然名を呼ばれ驚いたジェロームはラインアーサの顔色を伺う。

「以前街でそう呼ばれていただろう? 違ったか?」

「ちっ。わざわざ覚えていやがったのかよ!」

「俺は記憶力は良い方なんだ。さて、今からお前たちに処罰を言い渡す。───本日。たった今から、ジュリアン・アダンソンの下に付き、身心ともに鍛える様命じる。異論は無いな?」

「正気か? 王子さんよぉ。俺らみたいな荒くれ者雇ってどうするつもりだ?」

「兄貴っ。雇ってくれるってなら良いじゃあないか、俺らもう何処にも行く宛が無いし…」

「お前は黙ってろ!」

 ジェロームはラインアーサの瞳を捉えると強く睨みつけてくる。それに応えラインアーサも視線を外さずに見つめ返す。

「……何か不満があるなら何時でも意見を聞き入れよう。しかし、懲りず以前の様に問題事を起こしたり、この国の民を脅かすと言うのなら容赦はしない。次は無いと思ってくれ」

 普段からは想像もつかない程の低い声と厳しい顔つきのラインアーサにジェロームとエヴラールは息を呑んだ。

「……わ、分かったよ! 真面目にやりゃあ良いんだろ?」

「兄貴…! じゃあ俺ら王宮で雇ってもらえるんっスね!?」

「……ああ、そう言う事だそうだ。ならけじめをつけねぇとな…」

 二人は互いに顔を見合わせ頷くと、気恥ずかしそうに頭を下げた。

「よ、よろしくお願い、します…」
「っしやス!!」

「馬鹿野郎こんな時位ちゃんとやれ! エヴラール!」

「……ふっふふふ! よしっ。たった今からお前らは俺の部下だぜ!! み~っちり鍛え抜いてやるから覚悟してろよ~」

 ジュリアンが二人の間に割って入ると両腕で肩を組む。この底ぬけに明るい性格にラインアーサは何度救われた事か。

「はわわっ!」

「っ…! いきなりやめろっ…じゃねぇ、やめてください…」

「お? 早速部下らしくなって来たな! んー、そうだな。特に言葉遣いは気を付けろよ? それにアーサのことは殿下って呼んだ方がいいぜ! え、俺? 俺は幼馴染だからいいんだよ! な、アーサ!」

 一番説得力の無いジュリアンに言葉遣いを指摘される様子が可笑しく思わず吹き出す。

「く…っはは! お前が言っても全然説得力無いなジュリ! まあ、俺の事は好きに呼べばいいよ」

 ラインアーサはくだけた態度で二人に笑いかけるも、そこでくらりと眩暈の様な物に襲われふらついた。

「っ…! なん、だ?」

「大丈夫です? 色々と無理をされた筈、先に王宮に戻って休んだ方が良いのでは?」

「いや、平気だ。それよりも…、俺は…」

「……分かってます。後の事は私たちに任せて行ったらどうです?」

「? ……何処に?」

「決まってるだろアーサ! スズランちゃん、お前の事心配してずっと待ってるんだぞ? こいつらの報告は俺から陛下に報告するし、人質にされていた民たちの搬送も任せろ! だから…」

「ハリも、ジュリもありがとう! ……でも毎回お前たちに任せてばかりなのは申し訳ない。俺にも手伝わせてくれ」

 一刻も早くスズランに会いたいのは山々だが、自身の我儘で二人に負担をかけたくなかった。しかし……。

「何言ってんだ! 今のお前の仕事はいち早くスズランちゃんの所に行って安心させてやる事だろ!! でないと…」

「彼女。……ひどく落ち込んだ様子でした。見ている此方が辛くなる程に」

「っ…そうなのか?」

「ああ、だから早く行けよアーサ」

 二人が口を揃えそこまで言うとなると、スズランが落ち込んでいると言うのは相当なものなのだろう。

「わかった…。直ぐに向かう! 報告とその結果は改めて確認する。一先ずジュリに任せるからな!」

「了解!」

「ハリ、お前の魔像術ディアロスについても後から説明してもらう。ちゃんと教えてくれ」

「……分かりました」

「ジェロームにエヴラール! まだ正式ではないがお前たちはもう隊の一員だ、頼むぞ」

「は、はい…!」
「へい! 頑張りやス!!」

「皆、ありがとう」

 全員に頭を下げると、勢いよく踵を返し建物の外に出た。太陽がだいぶ高い位置にある。ここに飛ばされてから丸一日以上過ぎている事がわかった。
 久々の外気に触れると、柔らかく肌に纏わり付く風に小さく礼の言葉を呟くラインアーサ。

「何時も風の息吹アイレ・アリェントの加護、感謝するよ……」

 それに応える様辺りに一陣の風が吹き抜ける。風を喚んだ事により雲が吹き飛んだのか、あのしつこいまでに降り続いていた雨はすっかり止み、どこまでも青い空が高く澄み渡っていた。

「今、俺がやるべき事…。それを果たそう」

 ラインアーサは改めて強く決心し、スズランの元へと駈けた。



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