*収穫祭*

核心-3


「……お前。マルティーン帝国の者だろ、話し方に覚えがある。しかも以前、会った事あるな…?」

「サアネ。ドウだったか…。サテ、そろそろお喋りの時間はオシマイ。次はボクの積年の恨みをオマエに晴らす時間だ」

「恨み? マルティーンの者に恨まれる様な覚えはない…! それよりも一連の誘拐事件、一体どういうつもりだ! 直ちに人質を解放してくれ!!」

「イイけど?」

 男はラインアーサの要求に対し、やけにあっさりと応える。

「…!?」

「ソコに居る自我を無くした人形タチに興味ナドない。丁度処分に困っていたトコロだ。その代わり……アーサ王子。オマエを人質とし、引き換えに例の娘の身柄を要求スル」

「……例の娘…、それはスズランの事か!?」

「フフ。ソウ、名をスズランと言ったか? ソノ、フリュイの娘。我々にはアノ娘が必要ナノだ」

「フリュイ…。スズランはやはりフリュイ公国出身なのか…?」

 つい疑問を口にする。

「……コレはケッサクだな! ナニも知らナイ間抜けナ王子よ。まさかアノ娘の価値も知らず今までシュサイラスアで保護シテいた訳ではアルまいな?」

「保護? ……スズランの価値…? 一体何を言って…」

「ナルホドね…。シュサイラスアの国王はヨホド秘密主義と見た。実の息子に真実を告げずにイルのダカラな。……敵を欺くは味方カラとはヨク言ったモノだ」

 男は薄い唇ににやりと笑みを浮かべ更に続ける。

「父親にサエ信頼サレてイナイのダロウ? 哀れな王子よ」

「っ…!!」

「おや、図星ダッタか?」

 この物言いにラインアーサの心臓が跳ねた。普段は些細な事に狼狽えなどしないのだが今は頭に血が上って行くのがわかる。しかし冷静さを欠かぬよう深く息を吐き男を睨む。

「っ…お前に父の何が分かる…!」

「少なくトモ、オマエよりは分かってイル。国王はオマエを憎んでイルからな。信頼サレるハズがナイ」

「っ…でたらめを言うな!」

 生まれて来てからこれまで、父王ライオネルに憎まれていた覚えなどない……。何時だって大きな愛情を感じながら過ごして来た筈だ。
 ───しかし母、エテジアーナの事はどうだろう。ラインアーサの知らぬ事実が最近になって発覚し疎外感を持ったばかりだ。だがそれも時間を取り、話し合うと約束したではないか。
 こんな事で、しかも他人の言葉で疑心暗鬼になってはいけない。
 それでも男の口は止まらない。

「デタラメね…。ドウヤラ知らヌ様だカラ教えてヤロウ」

「……何を」

「ナァニ、他国では有名な話…。シュサイラスアの国王とソノ妃は大層仲の良いオシドリの様な夫婦。王女も産まれシアワセは絶頂だった。しかし身体の弱い妃はムリをしてオマエを産んだ」

「……何が言いたい…?」

「つまりオマエを産んだ事にヨリ死期が早まった。むしろそのコトがキッカケとなり妃は死んだとネ」

「…っ何、、言って……」

「妃はオマエを産んだカラ死んだ。だから国王はオマエを恨んでイル。ドウだ? リカイ出来たか?」

 男の何処か嬉しそうな、それでいて冷たい声が耳を貫く。

「俺を産んだから、死んだ…? だから恨まれて、いる?」

「ソノ様子では今マデ何も知ラズに生きて来たのダナ? つくづく哀れでオメデタイ王子よ」

「……父上が、俺を…?」

 再度口にすると左腕の刺青が急激に痛み出す。あまりの激痛に顔を歪める。

「アハハ! ヨホド衝撃をウケたか? イイね……そのカオ…。もっとボクに見セテよ! ボクはオマエが苦しむトコロが見タイんだ」

「…っ」

 男はランプをこちらに翳しながら至極楽しそうに笑い出す。
 今聞いた話を鵜呑みにする訳ではない。ライオネルがエテジアーナの事を秘密にしていたのには何か理由があるのだと分かっている。だが、目の前にいる見知らぬ男にそれを知った風に指摘された事に気が立ってしまう。

「さぁて、話を本題に戻ソウか。オマエとソコに居る人形タチは無傷で解放シテヤロウ。ソノ代ワリにさっさとフリュイの娘を寄コセ…。ドウだ、悪い話ではナイダロウ?」

「断わる…っ!!」

「……ナゼ…? 小娘一人とコノ国の平和。秤にカケルまでもナイ、バカでも解ル話ダロ? オマエもソノまま解放シテヤルと言ってイルじゃナイか…」

 それでもスズランを得体の知れない事に利用し、何かを企んでいる輩の提案を飲む訳にはいかない。

「何を企んでるのかは知らないがスズランをこんな場所に引き渡す事は出来ない!」

 最後に見たスズランの悲痛な表情が脳裏に浮かぶ。例え嫌われようともスズランを守ると決めた。もう悲しませたくない、なのにまたあんな顔をさせてしまう自分が嫌になる。
 しかし、だからと言って攫われた被害者達をこのままにしておく事も出来ない。まだじわりと疼く左腕の痛みに耐えながら必死に解決策を考える。自然と手に力が入りラインアーサは拘束されている拳を強く握りしめた。そのまま男のフードの奥を睨みつける。

「フン…。平和主義なシュサイラスアの王子めが。アノ娘の利用価値を知リもしナイで…。ソレトモ、、アノ娘に対シテ何か特別な感情がアルのか?」

「……」

「……フッ…ハハハッ……ダトしたらオモシロイ。むしろ好都合だよ! オマエから大切なモノを奪ってヤル…! 仕返しシテヤルよ、オマエがボクにソウした様にな!!」

「…っ!? ……それこそ何かの間違いじゃあないのか? 俺は誰かの物を奪った覚えなど無い!」

「フン! ドノ口が!!……ボクから大切なモノを奪ったクセに!!」

 男は言うなり再び杖先でラインアーサの顎を掬い上げ、そのままぴたりと頬へと這わせる。

「…っ」

「こんなヤツのドコがイイんだ…!」

 男の何処か辛そうな声色に妙な感覚がわき起こる。

「もし本当に俺がお前の何かを奪ったって言うのならそれを返すまでだ…!」

「ハッ! アッハハハ!! オマエ、ホントウにバカか? ……最高にイラつく!!」

 男は杖を振り上げるとラインアーサの頬を思い切り打ち付けた。

「ッ…つ!」

 目の前に火花がちらつく程の衝撃に耐えるも、口の中に鉄を舐めた時の様な血の味が広がる。口内と唇の端が切れた様だ。

「……ダッタラ早速返シテ貰おうか…ミリアの心を……!!」

「……ミリア…?」

 聞き覚えのある名だ。
 その名はたしか───。

「───ソウ。ボクの婚約者…。ボクのミリア…」

「っ…お前……。やっぱりメルテ、なのか…?」

「……漸く気付イタ様だな!」

「いや、気付いていたが信じたく、、なかった……」

「フン…。相変ワラずバカの付くお人好しダな、アーサ!」

 男がおもむろにフードを脱ぎ、ラインアーサへ冷たく凍る様な視線をよこす。肩程まで流れる美しい水縹みずはなだの髪は絹糸の如く。私怨を宿した鋭い蒼の瞳がランプの光を反射させて薄暗い部屋の中に浮かびあがる。
 俄かには信じたくないが目の前にはマルティーン帝国の第一皇子、メルティオールが確かにそこに立っていた。



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