*収穫祭*
対等-3
自室に戻り一息つく。
イリアーナの容体が病では無いとわかり安堵の胸を撫で下ろす。最近悪い出来事が続いていたので、落ち着けば民にも良い知らせが出来る。
「その前にブラッド兄様との成婚発表や、婚儀もあるだろうし…。忙しくなりそうだな。ああ、でも姉上とブラッド兄様の子ならば可愛いだろうな!」
二人の幸せを切に願っていたラインアーサ。この出来事が自分の事の様に嬉しかった。
「まずは誘拐事件を解決させて早く姉上を安心させないと…!」
そう意気込んだものの、一旦ベッドに腰を下ろすと途端に眠気に襲われ大きな欠伸が出る。
「……ぁ、ふ…。そういえば俺、寝てないんだった……」
ラインアーサは睡魔に勝てずそのまま深い眠りに落ちていった。
────
───────
誰かが叫んでる……。
この声は
父さま……?
そんなに慌ててどうしたの?
母さまも、そんなにかなしい顔しないで、、
だいじょうぶだから……。
───
──────
「……ん……あれ? ……俺今寝てたのか? …ッ! 痛…!! またか…、最近やけに刺青が痛むな」
突発的な二の腕の痛みが起きがけの思考をはっきりとさせる。
ラインアーサの左の二の腕に刻まれている刺青。以前から時たまその部分がちくちくと痛む時があるのだ。幼い頃に煌都パルフェにて施した刺青だとライオネルから聞かされてはいたがその詳しい理由までは知らされていなかった。ただ刺青を人前に晒さぬようにとだけ言われている為、普段は隠している。
「んん…。もう痛みは引いたか。最近多いんだよな。父上はお守り的な物とか言ってたけど本当に効果あるのか? この刺青」
ラインアーサは大きく欠伸をしながら頭を掻く様にかき混ぜた。
「んー、、なんかおかしな夢を見たような気がするけど……」
何気なく窓の外を見ると既に陽は落ち、薄暗かったが雨は止んでいる様子だ。
スズランはどうしてるだろう……。
朝は慌ただしく王宮へ戻ってきた為、悪い事をしたなと気がかりだった。そのまま出窓に腰を下ろし眼下に広がる森を眺めると、森の樹々が妙に騒ついている。まさか……。
「っ…あいつ、また抜け出したのか…!?」
ラインアーサは弾かれた様に部屋を飛び出すと 逸散に横庭の森へと向かった。
急いで横庭に出ると雨上がりの空気がラインアーサの身を包んだ。肌を擽る様に優しい風が吹く。
「スズラン!? いるのか?」
思わず叫んでいた。しかし横庭に人影はない。それでも森の樹々が騒めくのでラインアーサは石橋を渡り森に足を踏み入れた。すると薄暗い森の中の小道にうずくまる様に屈んでいる人影があった。
「スズラン…っ」
屈み込み肩を震わせている。泣いているのだろうか。ラインアーサはそっと近付き膝を着いて屈み込むとスズランを背中から抱きしめた。
「……スズラン。泣いてるのか? いつからここにいたんだ…? こんなに冷えて」
スズランは一瞬身を硬くさせたが直ぐに言葉を発した。
「……警備、、さん……」
この後に及んでその名で呼ばれるとは思っていなかったが驚きながらも返事を返す。
「!! ……あ、ああ。駄目だろスズラン。また店を抜け出したのか? ……今一人になったら危ないんだ。いくら此処が安全だとしても、もう一人でこの森へ来ては駄目だ」
「っ…!」
「……店に戻ろう。送るから」
「いい、です。一人で戻れます…」
「どうした…?」
いつになく余所余所しいスズランの態度。
警備員としてのラインアーサには懐いてくれていた筈のスズラン。だが、その態度に心臓がちくりと痛む。
正体を明かすなら今しかない。そう決意した。恐らく、既にスズランも気が付いている筈だ。しかし……。
「警備さん…。警備さんは、アーサ王子……なの?」
「っ!?」
スズランの質問に一瞬狼狽えてしまった。
「……やっぱり、、そう、なんですね…。今まで気がつかずとは言え数々のご無礼、本当にごめんなさい…!! もう、この森にも来ません」
「…っ! スズラン!!」
「離して、くださいっ!」
腕の中からスズランがするりとすり抜ける。
「待てよ! こっち向けって!! 俺の話を聞いてほしい…!!」
思わずスズランの手首を強く掴む。
「いや…! お願い離して!! ……わたし、今は何も考えられない…。ごめんなさいっ!」
「スズラン…!!」
顔所か瞳すら合わせようとしないスズランに気持ちが焦り、苛立って無理やりにでもこちらを向かせたくなる。だがその時……。セイシェルと交わした言葉が脳裏に浮かんだ。
スズランの意思を尊重する
無理強いはしない
セイシェルと対等な立場になるとそう公言したばかりだ。力ずくでスズランを自分の方へと向かせても意味はない。
「お願いします…っはなして……わたし、どうしたらいいかわからない…。だってあなたは…」
「っ…分かった、手は離すから、俺の話…。聞いてくれ……ずっと、黙っていてすまなかった。本当はもっと早く言うべきだったんだ。今更謝っても許されないだろうけど……唯、俺はこれからもずっとスズランの事を守りたいんだ! 嫌ってもくれても構わない、俺はお前の事が…」
「っ…!!」
最後まで言い終える前にスズランに手を払われてしまった。
その瞬間、息が止まる。心臓が押し潰される様に痛む。案の定嫌われたのだと、頭では理解出来るのに心が軋んで苦しい。
不意にこちらを見上げたスズランの瞳は涙で光っていた。
「っ…スズラン……」
「わたし、もう戻らないと…っ! 失礼いたします…」
「…っ!!」
そう告げて、スズランは酒場の方へと逃げる様に駆けて行ってしまう。心配で様子を伺う様に後を追った。スズランが無事に部屋へ入ったのを確認すると、安堵と同時に悲愴感がラインアーサを襲う。先ほどよりも更に痛む心臓の上で拳を強く握り締めた。スズランを守る役目は自分ではないのだと思い知らされる。
「……馬鹿だな、俺。また泣かせて…。今度こそ完全に嫌われた。結局、傷つけてばかりで……でも、それでも、、この気持ちは……諦めたくない」
自身でもこの往生際の悪さに驚く程だ。
セィシェルの前であんな見栄を張らなければ良かった。身を引くなんて到底出来る訳がなかったのに。ひと時でも気持ちが通じ合えた気がしていい気になっていた。あの幸福感を忘れる事が出来ない。
初めてこんなにも誰かを好きになった。
初めて嫉妬や独占欲という感情が芽生えた。
守りたい。悲しませたくない。
嫌われたくない。
側にいたい。
側で微笑みかけてほしい。
誰にも渡したくない。
本当は……独り占めしてしまいたい。
スズランは物ではないのに、自身の想いがどんどん貪欲になっていくのが分かった。分かっていた癖に自惚れて欲した罰だろうか。ずっと誤魔化してきたがそんな身勝手な想いこそ迷惑だろう。
「スズラン……」
スズランには笑顔が似合う。
あの子の笑顔を曇らせたくはない。
それだけは守らなくては。この手でスズランを守れなくてもあの笑顔だけは守りたい。
ラインアーサはその場に立ち尽くし、暫くの間スズランの部屋の窓を見上げていた。
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